北嶋愛季(きたじま あき)さんは、バロックチェロとモダンチェロの二刀流で、いわゆる「バロック/古楽」「クラシック」「現代音楽」、つまり西洋音楽のあちこちをいったりきたりしているチェリストで、ステージでの振る舞いはとても堂々としている。舞台に入場してからお辞儀するとき──つまり、演奏する直前、なにを考えているのか聞いてみたら、思いがけない返事がかえってきた。
古武術の精神
加藤:北嶋さんは舞台に入場して、お辞儀するとき、なにを考えてますか?
北嶋:「すいません」って思いながらお辞儀してます。
加藤:(笑) え、ほんとですか?
北嶋:本当です(笑) つい「やってやろう」って思っちゃうけど、駄目です。自分のエゴを出しちゃ駄目。懺悔です。懺悔してから始める。
加藤:じゃあ、弾き終わってお辞儀をしているときは、なにを考えていますか?
北嶋:「すいません」「こんなんですみませんでした」って思ってます。
加藤:(笑) 本番中、演奏しているときは何を考えていますか?
北嶋:わかんない(笑) 何かを「考えて」はいないかな。ほんとうにその場所とか、音に集中している自分と、それを遠くから見ている、もう一人の自分がいる感じかな。
毎回、そううまくはいかないけれど、そのための訓練もしています。自分で練習しながら、自分の音が向こうに届いている意識を持つ。遠くで鳴っている音は実際には聴けないけど、意識を向けることはできるので。

加藤:なるほど。ステージ上の北嶋さんをみていると「懺悔」とか「すみません」なんてことばは、とても想像できなかった。腹が座っているというか、堂々としているから。チェロの性質もあるのかも。
北嶋:懺悔については、大学時代にとっていた古武術の授業で、長谷川先生が教えてくれたんです。わたしが通っていた桐朋学園は、体育がすごく充実してました。古武術(講義・体術)でしょ、アーチェリーでしょ、難波歩きでしょ、カポエラでしょ、手裏剣でしょ。
加藤:手裏剣?
北嶋:そう。わたしは体の使い方に興味があって、体を動かすのも好きだったから、ほぼ全部とってました。古武術では、どうやって最小限の力で大きな音を出すかとか、さっき言った懺悔のような、武術の精神みたいなものも教わりました。いまでもたまに先生のクラスに行きますね。特に弦楽器は「自分がどう動くのか」によって音が大きく変わるので、私は関心があったし、他の楽器の生徒もたくさん受講していました。
加藤:なるほど。わたしは昔、演奏家らしく=大人の女性らしく振る舞いなさい、とまわりから言われた印象がつよくて。北嶋さんはそういう経験はありますか?
北嶋:「女性らしく」は、ぜんぜん言われたことなかったなあ……ドレスも、高校に入って、チェロアンサンブルがあるから初めて買ったくらいで、チェロの先生の発表会でも基本的にパンツスタイルで出ていました。あ、でも、子どものころ参加したピアノの発表会では、ドレスのほうがいいって、どなたかに言われたみたい。わたしの親の証言ですが(笑)
身体の使い方
加藤:体育で習ったことは、演奏にどう生きていますか?
北嶋:自分の体をどう動かしているのか、ちゃんと認識するようになりました。自分がいま、身体のどこをどう動かしているのか。仙骨をこうやって動かすとか、骨盤をこうやって動かすとか、繊細な感覚を持つようになった。こういう話って、普段の練習でも、レッスンで教える時にも役に立ちます。
たとえば、チェロのダウンボウを楽に、強く弾くとき、わたしは野球の話をします。向こうから速いボールが飛んでくるとして、それをバットで打ち返す時、「最初に動かす身体の部位はどこですか?」って聞くんです。これって腕でも頭でもなくて、足なんですよね。体重を後ろに移動して、片足をあげて、しっかり踏み込む。そのエネルギーが、足から腕や手に伝わる。

楽器の演奏って、局部的に身体を使うから疲れるんです。 だから、できるだけ全身を使って、力を分散させる。体育実技で抜刀の練習もやったんですが、腕を左右に引きながら、腰を下に落とすんです。そうすると力強く、尚且つ素早く剣がぬける。それが全身を使うってことですね。
加藤:抜刀の動きって、チェロっぽいですね。
北嶋:たしかにそうかも。

加藤:身体の使い方でいうと、呼吸の話もしますか?
北嶋:自分でもよく意識するし、生徒さんにも伝えます。弦楽器って、息を止めて弾ける楽器じゃないですか。でも、息を止めている時と呼吸を意識しているときでは、ぜんぜん演奏が変わります。歌ったり喋ったりしているように弾きたいから、ポジション移動とか弓の返しとかが目立たないようにする。自分がどこでどう意識して、次のフレーズをしゃべりたいのかが大事ですよね。
加藤:歌いながら弾く練習もしますか?
北嶋:ベースラインを弾きながら、メロディを歌うかな。ピアノを弾きながら歌う練習もするけれど、あんまりピアノが得意じゃないから、楽器の練習になっちゃう(笑) 生徒さんにも、わたしの前で歌うのは嫌だろうから、「家で歌ってみて、どう息継ぎしたいか考えてきて」ってリクエストします。
エネルギーと聴く身体
加藤:そもそもエネルギーって、なんでしょう。運動? 気? 「硬い」か「柔らかい」だったらどっちでしょうか?
北嶋:柔らかくて、しなやかな強さかな。液体みたいな感じ。
加藤:なるほど。そういう、音楽で何気なく口にする概念で言うと、「響き」ってなんなんでしょうね。たとえばカルテットで、よく「4人の響きを聴く」って言いますけど、これって実際、どうやってるんでしょう。具体的に、どこを聴くイメージですか?
北嶋:(部屋の反対を指差しながら)向こうかな。 向こうと、(目の前の中を指しながら)ここの、両方かな。

加藤:つまり、2つのポイントを同時に聴いている?
北嶋:うーん、実際に聴こえているのはここだけど、向こうにどう聴こえているかを想像する、っていうことかな。
加藤:弾く身体と聴く身体って違う気がするんですが、どうおもいます?
北嶋:聴く身体って、あまり考えたことなかった……たしかに、どうやって聴いてるんだろう(笑) 「弾く」と「聴く」が同時に行われてるのかな。
加藤:たとえばカルテットとソロだと弾く身体は変わりますか?
北嶋:変わらないですね。オーケストラのときは、まわりに溶けるというか、馴染む感じだけど、基本的には変わらないかな。
加藤:オーケストラのなかで溶ける感覚って、それこそ、聴くことに9割ぐらい身体を使っているから、なのかもしれませんね。わたしはカルテットみたいな小編成のアンサンブルで、周りの音を聴くことと、自分がちゃんと弾くことのバランスを取るのが苦手なんですよね。
北嶋:(オーケストラのなかで)弾くほうより聴く方に重心を置く、っていう感覚は確かにわかるかも。実際、自分の音が聞こえづらいのもあるけれど、近くの音より、より遠くで鳴っている音を意識して、自分が「森」の一部になるイメージ。
加藤:たとえば、普段じぶんが「いちばんリラックスして弾いているなあ」っていうぐらいのときと、オーケストラのなかでまわりと馴染もうとしているときの身体の違いってどんなものですか?
北嶋:(再現しながら)構え方自体はそんなに変わらないけど、振りが小さくなるよね。 ここぞってときは動くかもしれないけど、基本的に小さくなる。身体も左右に振れないし、それこそ、上がってくるエネルギーがレスになる感じかな。


バロックと現代とクラシックの違い
加藤:バロックチェロの演奏でも、下半身からエネルギーが上ってくる感覚ですか?
北嶋:基本的に同じだね。もちろん、楽器がふくらはぎに乗っているから足は動きにくいけど、上半身は自由だから、むしろモダンよりも動けるかもしれない。
加藤:バロック楽器を弾いているとき、どんな身体のイメージか教えてもらえますか?
北嶋:モダンの場合は、エンドピンがあって楽器が寝るから、弓や腕を上から乗せるイメージになる。 バロックは楽器が立ってるので、(身体を左右に振りながら)こういう体の使い方がより出来るようになる。弦の幅も違うから、上半身を動かさないといけないけど、それが逆にいい。 支えがないと、安定するの。よくバランスボールに座って練習したんだけど、あれって超不安定じゃない? その不安定さのなかで安定を見つける。一見、不安定だけれど、身体は自由になってるから安定する。支えが大きければ大きいほど、動ける範囲が狭くなるから。

加藤:左手の感覚はどうですか?
北嶋:やっぱり柔らかいよね。ビブラートもほとんどかけないし、モダンほどしっかり押さえなくても音が鳴る。
加藤:ヴァイオリンだと、左手で弦を押し潰しちゃう人が多いんですが、チェロはどうだろう。
北嶋:チェロは弦圧が高いし、指にかかる重さに耐えられるだけの筋力が必要かな。とくに四の指(小指)は、耐える力が必要かもね。よく子どもの生徒さんが、体力測定で左手の握力だけ強かったって言ってる(笑)
加藤:わたしもそうでした(笑)
救いのある世の中
加藤:舞台に上がる前の話に戻りますが、入場直前の舞台袖ではどんなことを考えています?
北嶋:自分がなぜ演奏するのか、を考えます。原点回帰ですね。
加藤:なぜ原点回帰するんですか?
北嶋:わたしの場合、エゴが出てきちゃうので、「そうじゃないよ」「なんでわたしは音楽やってるの?」って確認するんです。呼吸を意識して、できれば床に正座するか胡座をかいて、お腹の下から順に、身体に空気を入れていく。古武術の先生の教えがここでもずっといきています。

加藤:なるほど。じゃあ、北嶋さんは、なぜ音楽をやってるんですか?
北嶋:すごく大きなことを言うと、救いのある世の中にするため。わたしの演奏を聴いた人も、わたしと一緒に弾いている人も、音楽を通して救われてくれたらいい。そうすると、結果的に自分も救われるわけだから。そのためにはやっぱり、自分のエゴっていらないよね。
加藤:いつごろからそういう感覚を覚えるようになりましたか?
北嶋:ドイツに留学していたころじゃないかな。音楽を始めてから、けっこうあとだね。もちろん、大学で習った古武術や講義も大きく関係してるし、自分で心理学や教育や、色んなことを勉強しながら、だんだん模索していったら、こうなったのかな。
加藤:西洋音楽と古武術がリンクするって、おもしろいですね。
北嶋:西洋音楽に限らず、芸術にひろく通じるんじゃないかな。ひとつの精神みたいなものだから。
加藤:それって本番だけではなく、リハーサルでのコミュニケーションにも影響していますか? 演奏家はみんなそれぞれ、違うコンセプトを持って臨んでいるわけで。
北嶋:意識下にもちろんずっとあるけど、リハーサルのコミュニケーションで「その音で人を救えるのか?」とかは話さないよね(笑) 方向性は違っても、行き着く先が一緒であればいいし、リハーサルって話すことは具体的じゃない? 「そこの音程ちょっとやろうか」とか。
芸術の前に、わたしのちっぽけな個性なんてものは必要ない。音楽が創りだす「世界」みたいなものは、わたしというフィルターを通っていく。わたしの身体はスピーカーみたいなものだから、できるだけクリアで、透明な状態がいい。そうなれるように、日々精進、ですね。

チェリスト
北嶋愛季
アンサンブル・モデルン・アカデミー、フランクフルト音楽大学古楽器科修了。現在、放送大学教養学部 (心理と教育コース)在籍。 2018 年よりバロックとモダン 2 台のチェロによる独奏演奏会を定期的に開催。国内外の現代音楽祭や演奏会に出演し、同世代作曲家の初演にも多く携わる。即興デュオ OKA-ARUKI、近現代の室内楽曲を探求・発表する「みのりて」、親子向けワークショップと演奏会を行う ciel 各メンバー。保有資格:保育士、音楽療法士、音楽心理士、GCS 認定コーチ。
このインタビューは、『アイム・ミート!東京公演』パフォーマンス制作のためのリサーチとして行われたものです。


