演奏家の振る舞いと身体をめぐるインタビュー③北澤華蓮さん

ヴァイオリニストの北澤華蓮(きたざわ かれん)さんは、Tシャツとジーンズとスニーカー姿で現れ、みずから「こんな、ヴァイオリニストっぽくない格好で」とはにかんでいた。Tシャツとジーンズとスニーカーは、なんでヴァイオリニストっぽくないんだろう? 気になったので、まずそこからお話することにした。

“ヴァイオリニストっぽくない”格好

加藤:きょうの格好が“ヴァイオリニストっぽくない”のはなぜですか?

北澤:ジーパンですね。昔、レッスンでこういうジーンズを履いて、先生にやんわり指摘されたことがあって。ちょうどわたしの前にレッスンを受けていた女の子が、4、5歳くらいの、ピンクのフリフリのワンピースだったから、余計に記憶に残っていて、それ以降、なんとなく「レッスンでジーンズははいちゃいけない」と思うようになりました。

加藤:これまで何人かに取材をしてきて、服装やマナーについてよく言われたという人もいれば、そうじゃない人もいるんですよね。北澤さんは、言われてきたほうということですか?

北澤:めっちゃ言われてきました。先生にも親にも。言葉遣いとか……わたしは普段、“汚い”とか“男っぽい”言葉遣いで、それがぽろっと先生の前で出ちゃうから、レッスンが終わった後、親に叱られたり。先生に送るメールも、親にぜんぶチェックされて。

加藤:え、先生にメール? 小学生で?

北澤:そう。先生が遠方だったので、毎日「練習しました」ってメールを送ってたんです。それで、先生に応援されたり褒められるのが嬉しくて。

加藤:レッスン室のこと、覚えてます? 北澤さんが先生だとして、わたしが生徒だとしたら、立ち位置はこんなかんじでした?

北澤:譜面台がこのへんで、先生がここにすわって……だから、目は譜面をみてるけど、必ず先生の顔が目に入って。もう、意識しかしてませんでした(笑)

加藤:自分がレッスンする側になって、「あ、いま、自分の先生の影響受けてるな」とおもうことはありますか?

北澤:ことばのたとえとか。これまで習ってきた先生のことが、混ざってますね。

加藤:演奏では?

北澤:どうだろう。細かい演奏法より、息の吸い方とか、エンターテインメント的な見せ方かな。とてもカリスマ性のある先生についてた時期があったから、その影響は強いかも。楽しげに、体が動いて、見せたり、合図するための息をするというか。自分の内面は別として、華やかに楽しげに見せる身体は、影響を受けてるのかも。

ナイーブな緊張

加藤:じゃあ、演奏中の内面はどうですか? 今と昔、それぞれについて教えてもらえたら。

北澤:まず、今についていうと、音楽ホールや段差のある舞台じゃなくて、ちいさな、フラットなお店で演奏させてもらうことが多いので、だからもう、そんなにナイーブな緊張はしない。そこに人が集まって、これからわたしの演奏を聴こうとしてくれていることへの、嬉しさとか、わくわくからくる緊張はあるけれど、ネガティブではない。

でも、昔はもっとナイーブで、ネガティブな緊張だった。あれがなんだったのか、いまだに、わたしのなかで完全に分解はできていないけれど……

加藤:昔というと、大学生くらい?

北澤:そうですね。大学卒業くらいまでか、卒業して1年ぐらいは続いてたかもしれない。

加藤:やっぱり試験でジャッジされるとか、そういうことも影響してましたか?

北澤:それももちろんあるけれど、なにより、なんだろう、自分の積み重ねだとおもうんですけど……人前に立って良い演奏ができる状態を、そもそもあまり想像できなかった。舞台に行く前も、その舞台上で演奏してる最中も、常に、自分が自分を失敗させようとしてくる、みたいな。なんていうんだろう、追いかけっこじゃないけど、いちばん自分が応援してあげてほしいのに、だれよりも自分のことを失敗させようとする自分と、常に戦ってる──みたいなのがあって。

わたしは、それを「緊張」って呼ぶと思ってたんですけど……大学終わり頃になって、ようやく人に「舞台で演奏してるときってどんなかんじ?」って質問できるようになったんです。そしたらぜんぜん違う答えが返ってきて、びっくりした記憶がある。

加藤:たとえばどんな答えだったんですか?

北澤:ふつうに、「とにかくもう、その音しか考えてないよ」みたいな。「次の小節は、はい、はい、はい」って出てくるみたいで。わたし、もっと戦ってたんだけど、みんな違ったんだ! コンクールとか、わたしだけ違う土俵で戦ってたんだって。舞台慣れしてないからだとおもってたけど、そうじゃなかった。もっとべつの問題に向き合わないといけなかったってことに気がついて、もう大学終わるっていうのに、衝撃(笑)

加藤:「自分で自分を失敗させるような感じ」というのは、たとえば「ここ、失敗しちゃうかも」って自分で思ってしまう、みたいな?

北澤:それもある。失敗するかもって思ったときに、正しいフレーズがわかってるのに、「そこ、こけてみる?」みたいな(笑) 自分をひっかけようとしてくる自分が、出てくる。でも、それを考えられてるってことは、次のフレーズがもう頭のなかで出てきてるんですよね、いま弾いてることじゃなくて。だから、どこかに冷静な自分がいるんだけど、その冷静さが絡まって、意地悪しようとしてくる。

加藤:身体の反応としては、なにかありますか? 冷え性の人は本番前に冷えちゃうとか、汗が出ちゃうとかありますけど。

北澤:冷え性だったので、いつも一生懸命、手をあっためてました。とくに冬は、受験シーズンって、めっちゃ冷えるじゃないですか。友達に、トイレのあと手を洗うと冷えるから嫌で、ウェットティッシュでアルコール消毒してる子がいて……

加藤:ああー。それは気持ちわかるなあ。

北澤:ほんとに、お湯が出なかったら終わり。だから、とにかくホッカイロ持ってるしかない。

本番前のルーティン

加藤:さっきの話に少し戻るけれど、本番直前、自分がそういうナイーブな緊張状態になるとして、すこしでもそれに抗うためにやっていたルーティンとか、ワークってありますか?

北澤:めっちゃある、とおもう。いまはもうやってないからあれだけど……ふつうに、準備体操みたいな。ラジオ体操ですかね。まず楽器を置いて、ふつうの体操みたいなのを何回もやって。ほかの受験生とかを近寄らせない効果もある(笑)

加藤:それをやるのは、コンクールとかオーディションってことですか?

北澤:それ以外の舞台でもやることはありました。あ、ドレスでもこれはできるんです。

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加藤:わたしもよくやります。なつかしい(笑)

北澤:身体を柔らかくしてましたね。

加藤:なるほど。あと、お辞儀してるときは何を考えてますか?

北澤:なんか……見て。見てる。ってかんじでした(笑) 親にお辞儀を注意されたことが多すぎて。舞台上でお辞儀が短いとか、ぜんぜん客席見てないとか。だからもう、そこから気をつけなきゃって心配して……歩き方も汚いとか。

加藤:(笑) じゃあ、きれいな歩き方ってなんなんでしょうね?

北澤:なんか、わたしはたぶん、姿勢なんでしょうね。姿勢がそもそも、普段からちょっと猫背で。ドレス着てるのに猫背はおかしい、とか。あとは歩幅なのかな。でも、なんか、顔……

加藤:顔?

北澤:「むすっとしてた顔で出てこないで」って、もう、そんなん言われたら注意することが多すぎて、「わたし、弾くだけで精一杯なんですけど!」みたいな気持ちではありました。でも、ある先輩が、ドレスをきれいにばさばさってしながら歩いてきて、すごくニコニコして顔を客席に向けて……「こうやるのか!」っておもいました(笑)

加藤:じゃあ、いまは、そういうことをしなくてもよくなった?

北澤:そうです。ということになったんです。そういうことにしました。そういうことでいいところでしか、弾かなくなりました。

いかに自然体で、ふだん家で弾く時みたいにみんなの前で弾けるか、その状態にどうやって自分を持っていくかが大事だって、現時点では自分で結論を出して。そこに向かってやるようにしてます。演奏する場所がホールじゃない、っていうのもあるかもしれないですけど、ほんとうは、ホールでも、ある程度は同じだとおもうんです。

やっぱりわたしにとって、昔がいちばんしんどかったなって。ただでさえ緊張する舞台で、ふだん着なくて、あえて緊張させるような服を着て、非日常的な舞台に上がって、ハンデを持って演奏する。それは、「いつもより上手く弾けなくて当たり前じゃん」っておもってたので。だから、気づいた時から、その逆をやってみている。自分のほんとうにいい演奏を、人前でできるようにするには何がいいかって考えたら、そこにたどりついたんです。

許されること

加藤:いわゆるクラシックでも、その態度は使えるようになってきている?

北澤:そうですね。どこからどこまでがクラシックなのか、難しいんですけど……たとえば、室内楽なんかは、ちょっと違うお作法だとはおもうけれど、マインドの面では使える。身体的な拘束の部分では違うから、難しい。

加藤:室内楽のお作法、というのは、具体的には?

北澤:まず、人数が3人以上、4人とか5人とかじゃないですか。しかも、座るじゃないですか。座ると、ちょっと難しくて。正しい重心の置き方とか、まだわからないし、ふだん、立っているときは足から緊張を逃してることが多いけど、それができない。

加藤:かれんさんが座って弾いてるときって、どんな感じでしたっけ。

北澤:カルテットで弾いている動画を見返したんですけど、1stヴァイオリンなのをいいことに、結構動いてるし、足がすごく開いてて、「どうした!?」みたいな。普通は、あんなに足を広げないです。

加藤:実際、演奏中は足からなにかを逃がそうとはしますよね。下半身がフリーなほうが、全体的にプラスになるというか。オーケストラのトップ奏者同士の五重奏を見たんですが、かなり自由に動いていたり、お尻が椅子からどんどん浮いたり……それはそれで振付みたいで。おなじオーケストラでも、席次の前か後ろかで、身体がどんどん変わっていきそうですよね。

北澤:後ろの方だとだんだん、そういうフリーな体の使い方を忘れちゃうのかも。なんというか、“許される”立場じゃないと、こういう動きはできない、とおもってしまう。わたしも普段、1人とか2人とかで演奏するときは許される立場だから、そうなる。

加藤:“許される”。

北澤:そう。そもそも、誰が何を許すのかは、よくわからないんですけど……

過去の自分に対して

加藤:かれんさんはいま、いわゆるクラシック音楽的な制度とちょうどいい距離を保っているのかな、と、わたしは勝手に思っているんですけど──ネガティブな意味じゃなくて。いま、その構造のなかに身を置いていないという意味で、かつての自分に対してことばを投げかけるとしたら、どんなものになりますか?

北澤:難しいですね。……いやあ、難しい。あのときの自分になんて声をかけても、自分自身で気付かないことには、なにも変わらない気がするから、なんて声をかけていいのかわからないんだけど。

でも、「もうちょい自分のこと信じていいよ」って。自分が違和感を持ったことに、片っ端からふたをして、なんとかそこで生きようとするから苦しかっただろうし、「みんながそう言っているから、それが正解なんだ」と信じないと、そこにはいられなかったんだけど……だから、そんなに、怖がらなくてもいいよって。

我々、とくにヴァイオリンだから、4, 5歳、早ければ3歳くらいから、楽器をやってるじゃないですか。だから、自我を持つ前に、常識として体内に埋め込まれてる。外から見たら、付属品みたいに思うかもしれないけど、我々からすると、もう5, 6歳になったときには、身体に焼印が押されてるくらい、埋め込まれてる。自分で取ろうとして取れるものではない。

だから、そうなんですよ、疑うということは、自分のなかにある価値観も疑うことになるから、それはものすごく苦しい作業であって。わたしなんか、もう自我に若干組み込まれてる。そうなんですよ。難しいですよね、気づくのが。

加藤:いまさら、分かつことはできない。

北澤:本当にそうなんですよ。そうなんですよね。このさき仕事として成り立たなくなったとしても、ヴァイオリンを弾かないと、あんまり生きていける気がしない。

日常の動作

加藤:普段、日常や生活の中で、「これ、この動きってふつうの人はやらないよなあ」「ヴァイオリニストだからやっちゃうんじゃないか」みたいな動作って、あります?

北澤:動きはわからないけど、考え方はすごく影響する。最近、ちょっと運動する場所に通ってみたんですけど、背中を伸ばすときに「あ、この感覚は弾く時に使えそう」とか、なんでも演奏に繋げちゃう(笑) 「あ、こんなのしたことなかった」「ここの筋肉とか骨とか意識したことがなかったな」とおもったときに、「じゃあヴァイオリンこれで弾いたらいいんじゃね?」ってつなげちゃう。

わたしはずっと、骨盤とか大腿筋とかが伸びてる感覚を意識できなかったけど、ヴァイオリンとは別の運動を学んだときに、逆に自分の身体の成り立ちを知る。もう、病気だなっていう。職業病。

ヴァイオリンのために、たくさん習い事とか部活とかの選択肢を諦めてきたけど、そっちをやってたほうが、早く辿り着いたこともあるんじゃないか。五嶋龍だって空手やってるし。身体の使い方とか、ここにこういう動きができるとか、自分の身体を理解して演奏に生かせるから、そういうことをしなかったのが惜しまれます。

楽器の構え方問題

加藤:演奏家として、「女性らしく」とか、性別に関わることを言われたりしましたか?

北澤:言われてきた、とおもいます。言われたときは理解していなくても、いま振り返ると、そうだったなって……やっぱり、衣装と振る舞いですかね、おもに。ドレスというものを着用することがマナーになってて、それをみている人が逸脱しているとおもう動きは、駄目とされる。

加藤:逸脱している動きというと、たとえば、どういう?

北澤:初歩の初歩でいえば、ドレスで走らないよね、っていう(笑) 中学生くらいになったらヒールも履くようになって。

加藤:わたしも歩き方は言われました。音を立てないように、とか。

北澤:「でも無理じゃね?」って(笑)

加藤:無理ですよね(笑)

北澤:転んじゃいけないのに音を立てないのは、マジで無理です! パニエをつけてゆっくりあるけば大丈夫ですけど、舞台のお辞儀するところまでいくのに、そんなに時間をかけるのもなって。あと、楽器の構え方問題ありませんか?

加藤:構え方?

北澤:小さい子が、こうやって楽器を構えるんです。左手で持った楽器を右手で挟んで、お辞儀する。わたしはこれ、ある流派のお子さんでよく見るフォームだとおもってたんですけど。

左手でヴァイオリンのネックを持ち、右の腋にヴァイオリン本体を抱え込むかたち

加藤:そうなんだ! わたしはあんまり見たことなかったかも。

北澤:小学校低学年のコンクールなんかで、たまに見ます。それがだんだん、高学年とかになってくると、こう……「楽器と弓並べ型」になる。これは男女にあまり差はない。でも女子は、こんどは「楽器に右手を添える型」が出てくる。珍しいパターンだと「アンネ=ゾフィー・ムター型」って呼んでるタイプがあって、楽器のうずまきと弓を、片手で持ってる……

加藤:アンネ=ゾフィー・ムター型(笑)

北澤:わたしも、楽器を大事そうに持つのはやってたけど、それは楽器そのものより、楽器をそうやって持っている自分を見せるためというか……これって、ドレスを着ていないとあんまりやらないなあと。

「楽器と弓並べ型」の再現。北澤さんが「アンネ=ゾフィー・ムター型」と呼んでいた持ち方は、実際のところ、ムターが発祥かはわからない。

加藤:「構え方問題」と聞いて、わたしは写真のことかとおもいました。

北澤:むしろ、写真から来てる話かもしれない。写真だとこの型*とか、顔を隠して*とか、座ってるときはこうやってここに楽器を乗せて*とか…… *図参照

加藤:なるほど。こういうバリエーションは、ヴァイオリンならではかもしれない。曲線があるし、寄りかかれるし。しかも写真だと、サイズ的にいいところで収まるんですよね。ポートレート的な問題というか。

ポートレートのポーズ例①

ポートレートのポーズ例②

ポートレートのポーズ例③

ポートレートのポーズ例④

ひらかれた密室

加藤:普段、いちばんリラックスしている状態が100だとしたら、いま言ったようなヴァイオリニストっぽい所作とか振る舞いって、どれくらいの数値になる?

北澤:舞台上ですよね……30まで減るかな。逆に言えば、舞台上じゃない、公演後の舞台袖やロビーでお客さんを迎えるあたりとかは、50くらい。あそこまでが仕事。楽器も置いてきて、ニコニコで、「ありがとうございました」ってお姫様みたいに……

加藤:お辞儀して。

北澤:そこまででなにか、一個のお作法みたいなのがある。

加藤:逆に自分が客側だと、演奏者のことを察して身を引くというか。もう疲れてるだろうし、なんなら挨拶しないで帰ろうかなって。

北澤:客側のときも、ちょっとそれをやってしまう。相手もわかってるから、「あはは」って流すみたいな……

加藤:いまの話って、わりと、学生とか若手にありがちなんですかね。マネジメントがあいだに入っていなかったり。それでけっきょく逆転の発想になって、「いま、こういうことをしなきゃいけないのは、自分がそういう実力や身分じゃないから」とおもってしまう。

北澤:そうそうそう。ぜんぜん、そんなことではないんだけどね!  わたしも、あのころはそういうことをしないといけない、そういう道だとおもってました。

加藤:いまでも、ライブ後にお客さんと話したりします?

北澤:ありますよ。でも、いまは舞台と客席がなくてフラットだから、こっちもそんなに、丁重な感じを求められなくて、終わってそのままの態度でいられる。「終わりました」「あざした、あざした〜」みたいな(笑)

加藤:空間って大きいですよね。単純に近いか遠いかでもあるし、高さもあるし、音響も違うし……いちばんは雰囲気ですかね。

北澤:雰囲気だとおもいます。だって、神保町の試聴室でドレスを着るかというと、着ないじゃないですか。やっぱり、その空間が、その振る舞いを許すかどうか。仮に、いわゆる「芸大おじさん」が試聴室にきたとして、演奏家もドレスじゃなくて、でも、弾き終わった後に長時間、演奏者を引き止めてしゃべったり、強引に写真を撮ろうとしていたら、周りが咎めるはず。ホールのロビーという空間が、そういう振る舞いを許してるところもあるんじゃないかと。

加藤:まわりも「まあ、そういう人もいるよね」「仕方ないよね」みたいな。

北澤:演奏者だって、ほんとうは誰かに止めて欲しいわけじゃないですか。でも、誰も止めてくれない。

加藤:ひらかれた密室感があるというか。音楽大学という空間自体が、わりと密室っぽい。

北澤:わたしが大学にいたあいだ、同期でもだれでも、基本的に「全員ライバル」みたいな意識があって。それは大学だけではなく、わたし自身の問題でもあるかもしれないけど……ほんとうは、お互いに教え合えばいいじゃないですか。なんなら情報共有しあえばよかったのに、なかなかそういう対象として、みんなのことを見れなくって。他の楽器の子だったらちょっとは、って感じでしたけど……

でも、本来だったら大学は、教育機関というか研究機関であって、互いに良い情報を共有して切磋琢磨する、そういう健全な仕方があったとおもう。卒業してからのほうが、みんな会えなくなるから、むしろいろいろ共有してる。なんであんなに分け合えなかったんだろう。

加藤:練習室も、独特な雰囲気だしね。練習していても周りの音は聞こえてくるし、気になるし、でも、次の授業やレッスンまでに、すこしでも練習したいし。

北澤:わたしがいた大学は、練習室が少なくて、そもそもちょっとした空き時間に、練習室で練習できていること自体、うらやましかった。「なんであの子が練習してるのに、わたしはいま練習できないんだろう」って。廊下で練習は認められていないから、共有スペースみたいなところで、みんなつめつめに座って、楽譜を膝の上に気持ちばかり広げて、レッスンの録音を聞き返して……さっき自分は猫背だって言いましたけど、それはもう猫背になる。上を向いた記憶が、ないです(笑)


北澤さんは、たぶん、わたしより学校での生活やその記憶が身体に残っている、という印象があった。単純に卒業してからの時間がまだ(わたしに比べれば)経っていないことも関係あるかもしれない。やっぱり、演奏家の振る舞いには、演奏だけではなくて、そこに付随するたくさんの時間と空間──レッスン室、大学、演奏会後のロビー──も含まれているのだろう。


ヴァイオリニスト

北澤華蓮

ヴァイオリニスト。クラシック音楽をルーツにもちながら、即興演奏や多領域のアーティストとの共演を重ね、領域横断的な活動に取り組む。畑・銭湯・無人販売所など日常と地続きの場所で演奏しながら、音・体・場所との関係性を模索している。 コレクティブ「あちらこちら」ユニット「のらノりずむ」のメンバーとしても活動中。

このインタビューは、『アイム・ミート!東京公演』パフォーマンス制作のためのリサーチとして行われたものです。