音楽について悩むこと

「結果が出ない」音大生だった自分の顔面に、ぶっといマーカーで書き殴ってやりたいこと。

こんにちは。加藤(@akvnimp)です。

 

「どんなに頑張っても結果が出ない」と悩む音大生・もしくは音楽を学ぶ若人、もしくは、かつてのわたし。

その苦しみたるや想像に難くないわけですが、いま、こうして卒業式を明日に控える身として、ただ一つわかったことがあります。

それは、

「アナタはいつも、『目に見えない』評価をされている」

ということです。

音大生が社会に出るとき、評価されること

学生の頃、評価といえばわかりやすく試験だとか、コンクールだとか、あるいは先生の講評だとか、そう言ったものでした。

ところが、「いざ社会の荒波へ!」というとき、わたしたち音楽業に下される評価は、試験の結果として目に見える数字でもなく、コンクールの順位でもありません。

 

ぶっちゃけ、お仕事です。

 

例えば、音楽大学の先生方は、もちろん、わたしたちの演奏を見ていて、試験で点数をつけて、講評をしてくださいます。

が、それ以外にも、

  • アナタの普段のオーケストラの授業中の態度、
  • メールへの返信はすぐ来るかどうか、
  • レッスンの遅刻欠席その他の言動、
  • 普段すれ違った時の挨拶や、話した時の感覚、

などなど、

「この子はどんな子で、将来、どんな音楽の仕事を頼めそうか」

という、試験やコンクールとは全く違うベクトルの評価をしています。

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先生方は何も言わない。でも、アナタのことを見ている。

厄介なことに、大概、こういう評価は生徒たちの目には映りません。

先生方もその辺はめったに口にはしません。

でもそのくせ、卒業した学生たちが本当の「音楽家」として活動し始める時、一番大事なのは、試験やコンクールの結果でもない、この評価です。

「この子はきちんと時間通りに動けるし、連絡も怠らないな」

「この子は小学校での演奏なんかもしてるみたいだ。じゃあ、子供に教える仕事でも紹介してあげようかな」

「この子はオーケストラの授業でよく頑張ってるな。オーケストラの仕事、任せられそうだな」

「この子は室内楽に興味があるみたいだ。こないだカルテットの演奏もよかったし、何か、室内楽の手伝いでも頼んでみようか」

こんな具合に、アナタが学生時代積み重ねてきたあれこれは、ある日突然、形を成すのです。

そして、大概、この「ある日」とは社会への門出が近づいてきた時期になります。

(もちろん、もっと早く学生のうちから声を掛けられることもあるかもしれません。でも、必ずしも学生時代から仕事をしまくることが良いとは限りません)

いつもどこかで、必ず、アナタを見ているだれかがいる。

「わたしなんて」と卑下するのは、アナタを見守っている「誰か」に対してものすごく失礼なことだよね──という話を、以前書いたことがあります。

▶関連記事「「アナタがアナタ自身を卑下するほど、周りの人に失礼なんだよ」

 

どんなに自分で自分を「ダメだダメだ」と言ったところで、必ず、どこかでアナタを評価してくれている人がいる。

それなのに、本人ばかりがどんどん勝手に落ち込んで卑下していたのでは、アナタを信じる人たちにとってはたまらない。

そんな内容でした。

 

そして最近、この記事で書いたことを実感しています。

なぜかというと、それはやっぱり、わたしがもう学生ではなくなるからです。

学生ではなくなる、ということは、社会に出て働く、ということ。

アナタが、誰に、どんな風に見てもらえていたかは、今この瞬間にわかる。そう感じています。

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もしアナタが、腐った態度で学生生活を送っていたら、みんなアナタから離れて行く。

もし、例えばアナタが学生時代、必死で頑張っているのに目に見える結果が出なくて、

「自分はダメだ、評価されないんだ」

と落ち込み、挙句、フテ腐れた態度で日々の生活を過ごしていたらどうでしょう。

「この子はすごく頑張っててイイ線いってるのに、なかなか、日の目を見せてあげられないな。いつかチャンスをあげたいな」

そう思っている誰かも、アナタを見守ることをやめてしまうかもしれない。

それはものすごく損です。言葉を選ばず言えば、くっだらないです。

 

試験だコンクールだ、目に見える結果ももちろん大事です。そこで結果を出せたなら、それは素晴らしいことですし、音楽でやっていくなら必要なことだと思います。

▶関連記事「コンクールを受けよう!音楽家がバランスの取れた活動をしていくために必要なこと。

 

が、そこで、結果が出ないからといって腐っているのはアホらしいことです。

アナタが腐っている間にアナタを見守っている誰かは離れて行くし、他の子はどんどこ先へ進んで、どんどこ目に見える結果を出して、アナタはまたまたどんどこ腐って行きます。

音大生の評価は、あなたが想像しているよりもわかりやすいもの。

先日、とあるブログの記事を拝見し、

「芸事で仕事をして行く人間は、なんでこんな苦しみ方をしなきゃいかんのだろう」

と銀河の果てを見つめる気分になりました。

でも、最後、アナタを公平に見つめてくれる人は、アナタを決して「芸術家としての上下」だけでは判断しないと思うのです。

むしろ「芸術家としての上下」なんて、ぱっと見分かり易そうでその実、曖昧模糊とした基準で判断しているのは、他ならぬ自分です。

本当の意味での他人は、そんなわかりにくいことで学生を判断しません。

「この子はバリバリにソロが弾けるけど、この仕事は頼みにくいなあ。ちょっと地味だけどこっちの子の方が頼みやすいからこっちにしよう」

「つーかこの子、こないだオーケストラの授業でめっちゃ態度悪かったなあ。ちょっと無理

こんな感じです。要は音楽云々より、人としてどうか、という判断です。

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悔いのない音大生活を送るためには腐らないで。

そんなわけで、わたしは今、「頑張っててよかった」と思う反面、「もっときちんとすればよかった」と、とても後悔している面もあります。

 

もっと、素直に先生方の言葉を受け止めていればよかった。

もっと、素直に周囲の友人たちと日々を過ごしていればよかった。

もっと、素直に、自分の音楽と向き合い、自分が将来、どんな音楽稼業を目指して行きたいのか、考えればよかった。

 

そんな風に腐っていた時期があったからやらなかったことも、たくさんありました。

コンサートを聴きに行くのも嫌だったし、

都内のオーケストラの生演奏も全然聴いていないし、

先生方やいろんな方々とのせっかくのご縁を活かせなかったこともあった。

 

が、とりあえず、もう腐ることはないようにしたい。

これ以上腐ったら液状化もイイとこです。

 

今、腐りかけている音大生・並びに音楽を学ぶアナタ。

腐ってる場合じゃねーのです。

いや、腐っててもいいですが、表面には出さないように。腐るのは内面だけ。なんとか、皮膚とか顔とかは腐食を防いでください。

アナタが努力し、周囲への敬意を失わない限り、必ず、いつか報われる時が来ます。

努力して、それでも報われなかったらどうすればいいのか?

そのときは、アナタが努力の仕方を間違えてるか、でなければ周囲への敬意を忘れているかのどちらかだと思います。

必死で努力しているつもりがトンチンカンだった、ということはよくあります。

一旦、冷静に自分のしていることを見つめ直してみましょう。

 

それでは、また。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。