2019/01/25(金)、リサイタル開催。
日記帳

「あなたは心が弱いよね」という人たちへ

どうして、この世の中、誰もが前向きで心が強くなくちゃいけないんだろう。

そもそも、心が強いってのは、一体、どういうことなんだろう。

「心は強くなくてはいけない」という人たち

音楽に限らない話だと思う。この国の社会にひとたび足を踏み入れると、時として人は、他人の価値を心の強さで測る。

私は元来、落ち込みやすく、図に乗りやすいタチだった。だから、よく「わがままだね」「人の言うことに振り回されすぎだよ」「そんなんじゃこの世界でやっていけないよ」と言われた。それどころか「そんな考えじゃ、どの業界でもやっていけない」と言われたこともある。

 

もっと、心は強くあらねばならない。それが、私の知り得る限りの世界での常識だった。

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心が弱い人はどんなに繕っても、ほころびが現れる

また、こんなことばもよく目にする。曰く、

「ネガティブなことは言わない」

「愚痴っぽい、後ろ向きな面は見せない」

SNS界隈──フリーランスでやっていこうとする人たち──で、このことばはよく目にする。要は、グダグダうじうじしてるのを隠さない人間に、誰が仕事を頼むんですか、と言うお話だ。

おっしゃる通りだと、皮肉でなしに思う。

 

ただ、

結局、本当にその人が後ろ向きでネガティヴな人間であったなら、それをどんなに取り繕ったとしても、いつかはほころびが現れる。必ずだ。

明るさしか見えない世界は怖い

本音を隠して、いいところだけを見せる。自分が一番明るくて、誇れる部分だけを取り出して振る舞う。

それは決して、悪いことじゃない。ある程度は必要なことだ。だって、誰も彼もが本音だけで生きていたら、きっと、社会なんてものは成り立たない。

 

でも、ただひたすらに、ポジティブな部分しか見えない世界は、怖い。

 

だって、どんなに「楽しい!」と呟いても、どんなに「大成功でした!」と報告しても、その過程に至るまではとてもとても、大変なことがあったはずだ。死んでしまいたいと思うほどきついことがあったはずだ。

でも、それは大概「いろんなことがあったけれど」の一文で済まされてしまう。終わりよければすべてよし。もしそこで、ネガティヴな本音を見せようものならその時点で負けである。それは「心が弱い」のである。

 

そしてそれは、困ったことに、ネットだけの話ではないのだった。

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自分ではなく、他人の本音が表れるのを待つ人たち

誰もが皆、本音など言わない。それが「心が強い」と言うことになる。

だから、ちょっとした食事や酒の席に同伴すると、げっそりする。なぜって、誰も彼も、腹の底にはものすげえネガティヴな本音を抱えていて、食卓を囲むと、ここぞとばかりにビールのジョッキやグラタンの皿やパフェの器にドロドロしたものを吐き出すのだ。もちろん、その誰も彼もの中には、私自身も並んでいる。

 

そして、そのドロドロしたものが決壊した時、鉢合わせた人たちは恥ずかしいものでも見たかのような顔をする。

「ああ、私じゃなくてよかった」──そんな、安堵の表情を見せる。

あなたのことばが持つ力

などと、私が書いていると、必ずこう言う人が現れる。

「人の言うこと気にしすぎだよ。もっと心が強くなくちゃ」

そう言うあなたに、私はこう言いたい。

あなたは、自分のことばが持つ力を理解していない。

そんな人に、心の強さ云々を説かれたくはない、と。

 

決して人前では見せないそのドロドロが、いつ、人を後ろから刺すナイフになるのか、あなたは知らないのだ。

そのナイフに気づかないふりが「心の強さ」だと言うなら、それは、意味を履き違えている。それは単に底意地が悪いだけだ。心が強いことと性根が腐っていることは、全然、全く、違うのだ。

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心が弱いことを認めない人たち

見栄を張るのもいい。好きなように、やりたいようにやるのもいい。

でも、そんな明るさ、前向きさしか許されない世界は、とても息苦しいと思う。

こう書いている自分は確かに、人一倍ネガティヴだろう。根暗でヲタクで後ろ向きでクソみたいで、「ああ、また何か言ってるよ」と、心が強い人たちには見向きもされないかもしれない。

 

だけど、あなたたちのいう「心が強い」は、いつも正しいわけじゃない。

「心が弱い」と言われる人たちとて、間違っているわけじゃない。そもそも、人の心を強い弱いで測れるものか。ましてや音楽や芸術を嗜む人たちが、そんな、簡単に他人を割り切ってよいものか。

 

心が弱い人は、音楽をしてはいけないのだろうか。仕事をしてはいけないのだろうか。存在してはいけないのだろうか。

心の弱い人の居場所は、どこにも、ないのだろうか。

 

本当のかなしみは、「自分は弱い人間」だと、口に出すことすらできない時に訪れる。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com
「コンプレクス。」2019/01/25(金)開演