日記帳

小銭の背比べ

10円玉を初め、ありとあらゆる小銭は「こいつ邪魔だな」と思わせるためにあるのではないかと思う。

 

例えば、自販機の120円の缶ドリンク、具体的には「自販機専用 午後の紅茶 アイスミルクティー 甘さ控えめ」を買おうとする。財布を開く。10円玉がたくさん入っている。それはもう、うじゃうじゃいる。120円の隣には、150円のちょっとリッチな佇まいの缶ボトルが、具体的には「午後の紅茶 エスプレッソティーラテ」が並んでいる。

目が合った。

間違いない。その瞬間、私は「午後の紅茶 エスプレッソティーラテ」と、確かに目が合ったのである。

ティーラテってなんだよ、ミルクティーじゃねえのか、そんな私の視線を物ともせず、「午後の紅茶 エスプレッソティーラテ」は、無言で私を見下ろす。そのあまりの威厳に、私は財布の中身に救いを乞う。

札は一枚もない、貧相な財布である。ジッパーを開ければ、こちらを見上げる10円玉の群れ。いち、にい、さん。ひい、ふう、みい、うま、ひつじ、ねうしとら、いっぱい──あ、

 

こいつら邪魔だ。

 

そう思ったが負けである。

もう一度。じゅう、にじゅう、さんじゅう、よんじゅう、ごじゅう。50円。一枚一枚数えながら、カチャンカチャン言わせて自販機に突っ込む。考える。残りの10円玉は、それでも、6枚ある。

つまり、今投入した5枚を「取り消し」すれば、100円になる。

コンビニのおにぎりが一個買える。

今ならまだ取り消せる。150円か、120円か。

今日のリハーサルを思う。1コマ3時間のリハーサルが、間に30分程度の休憩を挟んで2つ。その30分間で平らげる夕餉も準備しなくてはならない。

──そうとも、貧乏なんちゃって音楽家には、「午後の紅茶 エスプレッソティーラテ」なぞ100万年早いのだ。最後に飲んだのはいつだったか、そう、あれは学生という身分にくるまれていた、修了試験前。あのころ、君はあたたか~いラベルを貼られていたのに、もう、あれから半年も経ってしまって、

私はといえば、もう、何のラベルも貼られていない。

 

そうして私は、自分の小銭に負けた。

半年ぶりの150円は今の自分には甘すぎ、軽くなった財布は肩に優しい。私は、あのころよりつまらない大人になったのかもしれない。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com