音楽について悩むこと

自信が欲しい。だから練習する。

こんにちは。

加藤綾子(@akvnimp)です。

 

楽器を練習していると、「なんで練習なんかしてるんだろう?」と思うことはありませんか?

「上手くなるどころか下手になるだけじゃん」と、嫌気が差すことはありませんか?

「この練習のしかたで合ってるんだろうか。悪いクセをつけてるだけじゃないだろうか」と、疑問を抱いたことは?

 

なぜ練習するのか。

本番でうまく弾くため、基礎を鍛えるため、仕事をこなすため、

様々な理由があるわけですが、わたしは最近、自分が何のために練習するのかわかった気がします。

それは、

「自信をつけたいから」

のひとことに尽きます。

人前に出て何かをするだけなら簡単。

そもそも。

お化粧して衣装着てステージの上に立って、観客の前で本番一発勝負、演奏を聴いてもらう。

 

音楽やってると当たり前のように感じていますが、これ、世間一般から見るとけっこう信じられないことらしいです。

実際、音楽をやったり、人前でなにかを表現することに慣れていない方々から、

「人前に出て何かをするって、ものすごい度胸だね」

よくそんなことを言われます。

「自信がなくちゃやっていけないでしょう?」

なんてことも、ときたま言われます。

 

正直、わたしは、「人前に出て何かをする」だけなら、たいしたことだとは思いません。

たとえ素人であっても、くそ度胸さえあれば、人前に出てパンツ一丁のパフォーマンスをすればウケちゃう時代ですから。

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他人からの評価があるから気になる。

ただ、パンツ一丁でパフォーマンスをするにも、自分や他人の評価が気になりだすと、一気に様子は変わります。

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「思い通りのパフォーマンスをするためにはどうすればいいんだろうか」

「そもそも、このパフォーマンスで本当にいいんだろうか。観客はどう思うだろうか」

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という疑念が尽きないわけです。

少なくともわたしは、疑念だらけです。自分の演奏というものに、自信があった試しがありません。

 

ただ、本番だけは別です。

嘘っぱちでも、見栄っ張りでもハリボテでもなんでもいい、本番で演奏するその瞬間だけは、自信に満ち溢れていなければいけない。

そうでなければ、観客にはなにも届かない。

大体、自信なさそ~~~~~な演奏とか聴かされたら、「時間返せ」って思いませんか?

自信が欲しい。切実に欲しい。

繰り返しますが、わたしは、自分に自信なんてありません。

来世があるなら、自信に満ちた人生を送りたいと願う初詣で願うレベル。

 

なんの肩書もない。でかいコンクールで順位がついたこともない。

憧れの某藝術大学には高校から大学院すべてフラれ続け、大学時代は暗黒時代、大学院生活は迷走生活、気づけば、人様に胸を張って言えるような経歴も実績もありません。

プロの団体に所属しているわけでもなく、学生という身分も消費期限は残りわずか。

そしてもちろん、肝心の実力は言わずもがな。

 

なんにもありません。

 

が、それでも、困ったことに人前に出て演奏しなくちゃいけません。

恥をさらさなくてはいけません。

どうせ恥をさらすならカッコつけたい。

だから、その日その瞬間だけ、「自信がある」と言い切れる人間になるため、別人になるためのエネルギーが欲しい。

どうやらそれが、わたしにとっては練習する理由のようです。

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 すべては本番のときのために。

どうでしょう。ここまで読んでくださったあなたは、ご自分に自信がおありですか?

いついかなるときでも、自分の選択が正しいと、胸を張って言えますか?

自分にはどんなパフォーマンスだってできる、実績がある、結果がある、身分がある──そんな、積み重ねてきた自信がおありですか?

 

誰しも──どんなに自信満々・威風堂々に見える人間であっても、心の底には、

「もういやだ、きょうの本番ほっぽっておうち帰りたい」

と震える部分があるんじゃないでしょうか。

それでも舞台に立ったとき、「わたしはきょう、この日のために、これだけの準備をしてきた」という事実が、最後に自分の心を支えてくれる。

わたしはそう思います。

「練習すりゃいいってもんじゃないよ」という風潮がある昨今、それが間違いだとは思いません。

実際、練習するにはまず、「自分はこれができない!」ということを潔く認める必要があります。人によっては、案外ここを乗り越えるのが難しかったりします。

▶出来ないことを出来ないと認めることの大切さについてはコチラ。「出来ない事は、出来ないと言おう。──太宰治の『正義と微笑』に学んだ言葉

 

でも、やっぱり、がむしゃらに、無我夢中で、ボロボロになりながら練習する時間も、必要なんじゃないかしら。

負の感情が溢れてしまうような練習だって、そんなに悪くないんじゃないかしら。

そんなことを思う今日この頃です。

 

それでは、また。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。