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音楽と心と体は、切り離せない。──大友良英×稲葉俊朗『見えないものに、耳をすます。』

こんにちは。加藤(@akvnimp)です。

 

わたしはクラシック音楽を学んでいるのですが、日頃気をつけていないと、どーしても視野が狭くなりがちです。

読む本もクラシック本、聴くものもクラシック録音、考えることは今日の晩御飯より明日のリハーサル。

でも、そんな日々の中、忘れちゃいけないのが身体や心の健康──自分自身のバランス。

そんなことを気づかせてくれる本に出会ったのでご紹介します。

対談している大友良英さんと稲葉俊朗さんはこんな人たち

こちらの本で対談しているのはこのお二方。どちらも、自身の学ぶ分野について独特な視点をお持ちです。

大友良英

言わずと知れた、音楽界の有名人。最近だと「あまちゃん」のテーマ曲を手がけていらっしゃいます。

ノイズ、フリーな即興演奏、ワークショップ、なんでもござれ。

音楽に対して、とても自由な発想をなさる方です。クラシックだろうが即興演奏だろうが、音楽界でこのかたを知らなかったらモグリです。

http://otomoyoshihide.com/profile/

 

稲葉俊朗

東京大学附属病院の循環器内科の助教という、なんだかすごそうな方。

幼い頃から入院を繰り返し、心配する大人をよそに、すでに「死」について考えていたとおっしゃいます。

対談を読んでいくとお分かりになるのですが、単に医療に関して詳しいだけではなく、東洋医学や心の有り様、音楽などなど、いろんなことに造詣が深い方です。

https://www.toshiroinaba.com

やたら貼ってある付箋は、論文書いてた名残です。
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稲葉俊朗さんのお話─体を「調和の場」として考える。

身体や心の調子が悪いと、人間、どうしてもそれを「治そう」とばかり考えてしまいます。

でも、稲葉俊朗さんは人の体の病気について、「日本の医療の起源がはっきりしない」という話から、日本に存在する「道」や、型について語ります。

稲葉 そもそも医療の本質というのは、体や心の全体性にかかわるもので、その人を健康にしたり元気にしたりするものだと思うんです。(中略)

例えば体の調子を整える時、それを病気を治す技術と位置づけることもできますが、古来、日本人はそれを医療として捉えるのではなくて、自分の人格の発達や人として成長していくプロセスの中に、心や体の問題があると考えた。

稲葉 伝統文化の中にある動きって、実は基本的な動作ばかりなんですね。(中略)体が整えば心も整うし、心が整えば体も整う。まさに、体を「調和」の場として捉える発想がここにあるなと。

このくだりを読んで思い起こすのが、ヴァイオリニストのメニューイン

彼は、音楽活動の最中に心身の調子を崩し、東洋のヨガを学び、そこから再起したそうです。

 

この、心身の調和というのは、音楽をやっていく上では絶対欠かせない話なんですよね。

例えば、ヴァイオリンを演奏していて肩が痛くなったとする。その時、肩だけを意識して「治そう」とするのではなく、体全体・心の状態を鑑みて、自然な動作や姿勢に持っていく。

これはわたしもよく感じることがあります。肩が痛くなる時、下半身に原因があったりするんですよね。

▶「身長149cmのヴァイオリン奏者がハイヒールを履いたら、世界が変わった話

身長149cmのヴァイオリン奏者がハイヒールを履いたら、世界が変わった話こんにちは。 加藤綾子(@akvnimp)です。 弦楽器にしろ管楽器にしろ、オーケストラでは座って弾くことが多いわけ...

 

稲葉俊朗さん曰く、西洋医学は“病気は闘うものであり、取り除くべきものであると考えます。でもそれは、自分の体を「戦場」として見ていることと等しいんです。”

それに対して東洋医学は、体全体を調和の場として捉えて、病気や症状はその乱れであると考えるその違いを踏まえた上で、稲葉さんはこう続けます。

稲葉 自分の体を戦いの場という戦争のメタファーで捉えている限り、これから戦争は永遠に亡くならないと僕は思っています。

この言葉で、なんだかはっとしてしまいます。

こういう物の捉え方って、本当に生死を身近に感じている方でないとできない気がします。

他人や世界をよくしようと思うなら、まず、自分が自分自身をどう捉えているかを考えなくちゃいけないのかもしれません。

大友良英さんの話─「音楽は、自由にやることを許容していく場」

稲葉 音楽の一番いいところは、音を重ねられることだと思うんです。言葉は同時に喋ったら会話できませんけど、音楽だったら十人いたら十人で同時に重なることができる。

音楽と会話ってよく例えられるけど、ここが決定的に違うところですよね。

声が大きい人、威勢がいい人だけが発言権を持っているのではない。

音楽って、本来はいろんな多様性を受け入れてくれるものなんじゃないか、とお二人は話します。

 

以下は大友さんが学生相手に即興演奏のワークショップを開かれたときのこと。

大友 やっぱり怖いんだと思うんですよ。人と違うことって。(中略)「自由」ってたしかにハードルがすごく高いことで、みんなと同じようにやらないとダメって先輩に怒られてきたんじゃないかな。だから、いきなり「自由にやって」と言われてもできないのはあたりまえで、固まっちゃうんですよね。本来ならば音楽というのは、自由にやることを許容していく場だと思うんですが。

 

また、東洋音楽と西洋音楽の違いについて、

稲葉 昨日のコンサートを見ていて特徴的だなと思ったのは、雅楽ってまったく動きがないですよね。それが、とても美しいと思いました。フルート奏者の人は激しく動いていて、すごく西洋的な体の使い方でもあるなと。

大友 僕も同じことを思っていました。そんなに動かなくても音は出るんじゃないかってね(笑)。

そうなのよね、ほんとは西洋音楽だって、むやみやたらに動けばいいってもんじゃないのよね……

お二人はどちらがいいとか悪いとかいう話はしていないのですが、個人的にここは共感しました。

西洋音楽の演奏家でも、体の使い方が雅楽的、というか綺麗な人たくさんいますもの。反省。

 

また、「ギタリストすげえな!」と思ったのが、大友さんのこの下り。

エンジニアの父を持っていたという大友さんは、子供の頃からラジオやシンセサイザーを自作するほど機械に馴染んでいたそうですが……

大友 それは音が出るだけで、「音楽」にはならないんだけど、自分で作ったものから「ピューピュー」いうだけでもすごいことだったと思うんですよね。だからエレキギターを買ったときも、まず分解して構造がどうなっているか見るんですよ。「なるほど、こうなっているのか」と確認してから弾くみたいな。

が、楽器を分解……?

でも、確かに私の周りでエレキギターやシンセサイザーをやっている人は、「そこまで知ってるの?」というくらい楽器の仕組みに詳しい気がします。

 

でも、例えば、ヴァイオリンやってる人間で、ヴァイオリンを分解して、構造がどうなっているか、正確に見たり説明したり、理解できている人ってそんなにいないと思うんです。

もちろん、何となくは知っているけれど、間違いなく作ることなんてできない。

そもそもヴァイオリンの分解は大ごとなわけですが、でも、それくらい自分の楽器に興味を持って理解している、って、本当はすごく大事なことなんですよね。これは一つ勉強になりました。

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まとめ:心身の調和が乱れているあなたにオススメ『見えないものに、耳をすます。』

音楽と医療。

共通点はどこにあるのかしら、と思いながら読んでいたら、自然に話が進んでいくのが気持ち良く、普段だったら絶対耳にしない医療技術の話も、稲葉俊朗さんの語りだとすんなり頭に入ってきます。

また、大友良英さんの音楽に対する柔軟で自由な発想は、即興演奏についてはもちろん、クラシックの音楽家にとってもお手本にするべきところがあるんじゃないかな、と思います。

自由に音を出すくだり然り、楽器の分解然り。

 

ちょっと違う分野の知識や視野を広げたいな、という方にもオススメの対談本です。

それでは、また。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com
室内楽演奏会「Endor」開催

「モーツァルトへの手紙」をテーマに、モーツァルト作曲の室内楽曲、そしてオーボエ四重奏のための完全新作「Endor」(エン・ドル)を初演いたします。

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