NOTES

室内楽演奏会「Endor モーツァルトへの手紙」プログラムノート

2018年10月19日(金)開催、室内楽演奏会「Endor モーツァルトへの手紙」より、W.A.モーツァルト:オーボエ四重奏曲 KV370の曲目解説を掲載しています。

W.A.モーツァルト作曲:オーボエ四重奏曲 KV370

オーボエ奏者はよくハゲる。まず、チューニングの「A(ラ)」の音からして気を使う。いざ曲が始まっても、多すぎる音数に舌がつる。そうして蓄積されていくストレスは、あっという間に彼ら彼女らの頭を砂漠へと変えてしまう。

そんなわけで、1777年のマンハイム、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが出会った、フリードリヒ・ラムというオーボエ奏者は稀有な存在だった。第一に、ラムはハゲていなかった。第二に、ラムはモーツァルトを尊敬していた。そして第三、モーツァルトが旅行生活を始めたのは13歳のことだったけれど、ラムは14歳でマンハイムの宮廷楽団入団を果たしたツワモノだった。ハゲていないだけのことはあった。モーツァルトはラムと親交を深めていき、曰く、

”……カンナビヒの家で、カンナビヒ、その妻および娘、会計主任殿、ラム、およびラングなどの面前で、そしてこれらの人々と共々に、しばしば、そして、きまじめではなく、まったく気がるに、しかもただただ不潔なもの、つまり汚物とか、脱糞とか、尻舐めとかについて、語呂合わせをしましたこと、慚愧に堪えません。”(引用元:『モーツァルトの手紙 上』柴田治三郎編訳 p.87)

当時、モーツァルトは二十歳、ラムも三十路を越えていたはずだが、いい歳こいた大人たちが揃って何をやっているのか。パパも悲しいが私も悲しい。(ちなみに、この時期に並行してあの有名な『ベーズレ書簡』を綴っているので、額面通りに受け取ってはいけないのかもしれない)

そんな二人の出会いから間もない1778年、モーツァルトは『フルート、オーボエ、ホルン、ファゴットのための協奏的交響曲 KV297b』(オリジナルの消息は不明)で、ラムのためのオーボエパートを執筆。そして、そこからさらに2年経った1780年末から81年頭、ドイツ・ミュンヘンの冬真っ只中──このオーボエ四重奏曲は生まれたとされる。

この楽曲をラムに捧げた・依頼されたという明確な記録は手持ちの資料で確認できないけれど、この頃、2人が時を同じくしてミュンヘンにいたことは間違いないし、決して浅くはない付き合いだった友人のオーボエを、モーツァルトが意識していなかったとは考えにくい。

第1楽章:Allegro

実際に演奏してみるとよくわかるけれど、この楽曲は、全楽章通してオーボエをほとんどソリストのような立ち位置に置く。第1楽章から技巧的なパッセージの挿入に余念がなく、第3楽章でそれはピークに達する。

第2楽章:Adagio

モーツァルトは、ラムの演奏を「きれいで繊細な音」と評した。パート譜で半ページにも満たないこの第2楽章は、その「きれいで繊細な音」を念頭に置いていた気がしてならない。

第3楽章:RONDEAU Allegro

日本人が大っ嫌いな8分の6拍子である。まずはpでオーボエがテーマを提示し、ヴィオラ・チェロがわずか1小説でヴァイオリンのfへ橋を渡す。なんども繰り返し登場するこの流れがとてもチャーミング。ヴィオラ・チェロが気合いを入れすぎてすっ転ぶところもチャーミング。

 

 

「コンプレクス。」2019/01/25(金)開演