MUSIC

「音楽をやめたい」と思いながら音楽を続けている人に伝えたいこと

「音楽なんてやめたい」と思いながら、それでも、音楽をやめることができない人に、「たとえ楽しめなくても、音楽を続けたっていいんでないの?」という話。

「音楽をやめたい」と思わないなら、それに越したことはない

はじめに言っておくと、「音楽をやめたい」なんて思わないで済むなら、それに越したことはなく、ただ、さまざまな理由で「音楽をやめたい…」「もう死にたい…でも、やめられない…」と思いながら、音楽を続けるひとがいることも事実です。

どっちが良い悪い、の話をするわけじゃありません。

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音楽を愛しているから「やめたい」と思う

音楽の苦しみときたら、そのネタが尽きることはありません。技術的なものから精神的なものまで、手広くカバーしてくれます。

  • 「音楽、もうやめたい」
  • 「これ以上、結果が出せないなら、音楽を続ける価値なんてない」
  • 「そもそも私って、ほんとに音楽好きだったんだろうか」

 

ただ、どんな苦しみも痛みも、それは、あなたが音楽に真剣に取り組んでいる証拠──と取れなくもありません。音楽を愛している、といいかえてもいい。

大げさかもしれませんが、でなければ、あなたはなぜ、「音楽やめたい」と言いながら音楽を続けているのでしょうか。

「楽しくないなら音楽なんかやめちゃえば?」はちょっとズレてる

「音楽が苦しい。もう辛い」というと、かならず、

「じゃあやめれば?」

「楽しくないんだったらやめたほうがいい」

「好きでもないのに音楽やる必要ないよ」

というひとがいます。

が、ぶっちゃけこれって、的外れもいいところだと思います。だって、音楽をやめたいほど苦しくて、それでも音楽をやめられない人は、結局のところ「音楽をやめることが怖い」からそんなつぶやきを漏らすわけです。

 

実際、どんなに苦しくても最終的には楽しめる人もいます。音楽をやっていて、辛いと思ったことは一度もない──という人もいます。

それはそれ。いろんな人がいるんです。

ただ、その人たちと「音楽をやめたい」自分を比べて、引け目を感じることはないだろうし、それを非難する権利は誰にもないはずです。

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音楽を楽しめない自分に引け目を感じなくてもいい

「音楽たのしい!」

「あの曲がすき!」

「演奏会たのしみ!」

「こんなことができるようになった!」

「〇〇コンクールで1位を取りました!」

「〇〇オーケストラに入りました!!」

そんな、キラキラした報告だとか話を聞いていると、いま音楽を楽しめていない自分に引け目を感じることがあります。つーか、私もそうです。

「音楽が苦しい」と思う自分が、いちばん恐ろしい。

「音楽をやめたい」と思ってしまうこと自体が、いちばんの苦しみの種。

「なぜ、私は音楽を楽しめないのか」「音楽を好きじゃないからだろうか」「だとしたら、音楽を続ける資格なんて、自分にはないんじゃないか」──しかし結局、

「いま、ここでやめたら、これまでかけてきたお金や時間がぜんぶ無駄になる。家族に顔向けができなくなる」

そう思いとどまって音楽を続け、また初めに戻るの繰り返し。

 

そのループから抜け出すにはどうしたらいいのかわかりません。あるいは一生抜け出さないかもしれない。ただ私は、あーでもないこーでもないとうだうだしているうちに、ある時、「音楽は、いつでも楽しまなきゃいけないものではない」と気づきました。

「音楽は、苦しみながら続けていたっていいんだ」

と。

苦しくても続けたってよくね?

音楽をいつでもどこでも楽しめたら、そりゃ、それがいちばんいいですよ。

でも、こんだけ時間とお金と体力をつぎ込んでやっていたら、そりゃ、イヤなことも山ほどありますよ。初心なんて思い出せないくらいすり減って、「やめたい」しか思い浮かばないときだってありますよ。

 

でも、べつにそれでいいじゃん。楽しめなくたっていいじゃん。苦しみながら、ボロボロになりながら、音楽をやったっていいじゃん。

それがあなたのやりかたなんだから。

 

そんな人生はいやだ」と思うなら、なおさら「いま、自分は音楽をやっているから苦しいのだ」という事実を否定しないほうがいいです。経験上、「自分は苦しい」ということを認められないと、よけい苦しくなる。いっちょ自分の苦しみを認めて受け入れたほうが、無理して楽しむフリをしたり、引け目を感じたりするよりよっぽどマシです。

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あなたの苦しみはあなただけのものである

あなたの苦しみはあなただけのもの。他人と比べてどうこうするものじゃない。だいたい、音楽やってるとただでさえ他人と比べられるのに、自分のこころまで天秤に掛けていたらたまったもんじゃありません。

 

結局、その苦しみに対して答えを出せるのもあなただけであり、その苦しみを受け入れたうえでどうするか決めるのも、あなただけである。

どんなにまわりの人に助言を乞うたところで、帰ってくるのは当り障りのないことばばかりです。なぜって、みんな、あなたの人生の責任なんて持てないから。

 

なので、自分が苦しいからといって、むやみやたらに周りへ当て散らすのはやめましょう。そんなことをしても、まわりに迷惑がかかるだけです。なんにもいいことはありません。

「だったらやめれば?」

というこたえしか返ってこないのは、そういうことなんだと思います。

最後はあなたが決めます。死ぬ時まで。

そこから逃げ出すことだけは、ぜったいにできないのです。

「音楽をやめたい」と思う自分を受け入れる

兎にも角にも自分の苦しみを大事にしてください。苦しむことは、なにも悪いことじゃない。少なくとも、他人から笑われ、指さされ、とがめられるようなことではない。

誇りを持て、とまでは言いませんが、苦しみを持つ自分を、決して否定しないでください。

「音楽なんてもう嫌だ」と思えるあなた自身を、素直に受け入れた方がいい。まずはそれからです。

 

自分自身を受け入れることができれば、いつか、その苦しみがあなたの自信となり、糧となるときが来るはずです。

自分を傷つけることも、追い込むことも、結局はただの「逃げ」にしかなりません。

逃げずに、「音楽をやめたいと思うほどに苦しい自分」を、受け止めてやりましょう。

そうして、あなたはいま、本当にひとりぼっちなのか、本当に音楽をやめなくてはいけないほど、だれにも認められていないのか、今一度、周囲を見渡してみましょう。後ろを向きながら前へ歩いて行けばいい。誰かがあなたを見ているはずだから。

 

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加藤 綾子
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