Music

1日24時間、人は何度、本番を繰り返せるのか──演奏動画撮影の話

そろそろ書いてもいいんじゃないかと思うので書く。演奏動画を撮ることはとても、とてもとても大変だと思う。

私個人について言えば、動画を撮る過程で何がいちばん大変かって、納得のいく演奏(あるいは音源)を作るまでが、途方もない。当たり前か。そうか。映像をつける段階までいけば正直そんなに苦ではない。むしろ楽しい。アドレナリンどっぱんどっぱんである。問題は結局、自分の演奏なのである。どこまで行っても、結局のところ、そこである。そして実際のところ、「演奏配信しなきゃいけないのかなあ、なんか大変そうだなあ」と思う人の「大変そう」の9割くらいはそこなんじゃないか、とも想像する。

ことそれが一発撮りともなれば、まあ、まあ、まあまあまあまあまあまあまあゲロ。そりゃ間違えて白い壁撮り続けちゃうよね。仕方ない。仕方なくない。

一発撮りなんて言うまでもなく「大変そう」なのだけれど、実際やってみるとまままあまあまままま本当に大変で、──まず、1日は24時間ある。──にもかかわらず、まともに「使える」演奏をできる時間は限られている。──という壁にぶち当たる。つまり体力と、集中力の、問題。

朝に1本、夕方に1本、うっかりビールをキメなければ夜に1本。すごい音楽家なら、もっと撮れるかもしれない。が、私の場合、詰め込めば詰め込むほどクオリティが落ちるので、今度はスケジュール管理能力が問われる。やべーやつ。おれにそんなもん求めんな。さらに、1本のビデオが長時間に及べば及ぶほど、実質、自宅でコンサートをやってるようなもんなので、なおさら1日に何度も撮ることはできない。長時間レコーディングないしは撮影に取り組み、缶詰状態になる音楽家とエンジニアの話をジャンル問わず聞くけれど、バケモンやん──と掛け値なしに思う。

じゃあ一発撮り(録り)じゃなきゃ楽なのか、というとそんなこたあまったくなくて、全部をいっぺんに録るか、一部を録るかを何度も何度も繰り返すので、同じ話だと思う。編集作業もあるので、どっちが楽とか簡単には言えない。時間も限られ、会場も限られ、エンジニアの視線が集まる中で録って直し録って直し、もう、ちょっとしたコンサートよりゲロゲロな状況が目に浮かぶ。

第一、演奏そのものに終わりがない──なんてのはコンサートだろうとなんだろうと同じ、だけれどもひとつ違うのは、録画録音はある程度「やり直しが効いてしまう」ことだ。ライブでの演奏は、演奏中にたとえ何が起ころうともやり直せない。時間は待ってはくれない。ところが、例えば長時間ぶっ続けの録画を行う場合、どこかで「あっ」と思ってしまったが最後、いっそ「はじめから」を選んでしまえ、という誘惑がつきまとう。

「録画だろうがなんだろうが、やり直しが効かないつもり=コンサートのつもりで挑む」。これが究極、ひとつの真実なのだと思う。いまのところは。古今東西、すばらしい映像・録音物は、たぶん、そういうところから生まれたんじゃなかろうか。カメラの前だろうが人間の前だろうが、現実としてやり直しができようができまいが、ただ、「そういうもの」として音楽をやること。……というわけで、初めの壁に戻ってきました。自分は、1日に、何度まで、本番ができるだろう。どうやら、あまりにもいろんなことが足りていません。アルバム制作からこっち、学校の授業もろくすっぽ受けられないのに、学生時代に戻ったかのような至らなさを思う。悪いことではないと思う。

ちなみに、学校のレッスン用に作成する動画には、これとはまた違った切迫感があって、「早いとこ送ってコメントもらいたい」という気持ちと「いやこんな状態で送っちゃいけねえ」という気持ちが常に鬩ぎ合うのだった。1本のビデオに対してまるまるコメントが返ってくるので、体感、対面1時間弱のレッスンより処理する情報が多い。すべて飲み込んだ上でさらによいものを、などと思い始めたらいくらあっても時間が足りず、最終的に、胃を捻じくり返しながらYouTubeの限定公開URLを送りつけるのである。つまりこの人生、いままでと大差ない。きょうもあついぜビールが美味い。はれるでしょう。

いま動画配信を考えている音楽家へ──無料配信の意味と、その方法について新型コロナウィルスの影響下にある今、世界中の多くの音楽家・団体が、自分たちの音楽をネット上に配信しています。 そこで、「動画配信で...