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【感想】沙村広明『波よ聞いてくれ』がリアルにラジオ漫画やってて最高

度重なるリハーサルでストレスがマッハな日々の折、時々、私はラジオを聴く。

なにせ、ラジオ番組が伝える情報は音声のみだ。余計なストレスも、情報もない。伝達方法に縛りがある環境だからこそ生まれる、ラジオ特有のあの音色は、きっと誰の声であっても、疲れた現代人の心に染み渡る。

 

それが例え、うん十万の金を持ち逃げして消えた元彼に向かって、「お前は殺す」と宣言する鼓田ミナレの声だったとしても。

手に汗マイクを握る、鼓田ミナレさんのイカツイ表紙が目印です。

『波よ聞いてくれ』あらすじ、もとい試し読み

というわけで、沙村広明作『波よ聞いてくれ』なのである。

『波よ聞いてくれ』

作:沙村広明

掲載誌:アフタヌーン

あらすじ:ノンストップ・アドリブ・マシンガントークのサッポロ女が、電波に乗せて元カレに死刑宣告したり宇宙戦争したり元カレを埋葬したりする話。

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沙村広明氏といえば『無限の住人』、ですが──

まず、沙村広明と聞いてピンとくる人は、たぶん、無限の住人』という作品を知っているはずだ。

こちらは沙村広明氏のデビュー作である。血飛沫大量・生首ビュンビュンの漫画であったらしい。

『無限の住人』の沙村広明氏が描くしょーもないお話たち

ところがどっこい、私が初めて沙村広明氏を知ったきっかけは、血飛沫にも生首にも縁遠い『おひっこし』という作品集である。

 

「竹易てあし」というのは、沙村広明氏がおふざけで使った名義なので気にしなくてダイジョーブしょーもないけど笑えて、懐かしくて、ちょっと切ない、そんな若者の群像劇。あと伊太利亜人。

デビュー作『無限の住人』とは打って変わって、沙村広明氏はこういう「しょーもない」話をけっこう描いている。以前書いた「音大大学院卒業後、フリーランス音楽家になってから3週間過ぎたので正直な現状を書く。」で、実はチラッとオススメしている『ハルシオン・ランチ』とかもそういう話だ。

 

そして、この『波よ聞いてくれ』も、しょーもない話である。

試し読みでおわかりいただけ通り、第1話からしてヒドイ。ヒロインが彼氏に金を持ち逃げされ、ナイスミドルなヒゲの親父相手に管を巻いていたら、今度はその巻いていた管をそのまま公共の電波に乗せられて、あれよあれよという間にアドリブの肉声も乗せる羽目になる。

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『波よ聞いてくれ』ヒロイン・鼓田ミナレさんの名言集

ここからは、『波よ聞いてくれ』の内容に多少触れつつ紹介していくので留意されたし。

 

さてはて、そんなのっけからエンジン全開のヒロインの名は鼓田ミナレという。この姉御が、まあなんというか本当にダメな女で、それも実にポジティヴなダメさなのである。以下はその一例である。

 

マジですか 私 今ちょっと麻藤さんの事 一瞬キライになりかけました この手羽先くれたら元に戻ると思います

──引用元:『波よ聞いてくれ』第1巻

尼になるのはやめた! 今すぐ性転換してこの娘を幸せにしよう!

──引用元:『波よ聞いてくれ』第2巻

アンタのことどーでもいいと思ってる女は アンタがどんな無神経な事を言おうが泣きも怒りもしないから ただただ距離を置いて後で友達にボロカスに脚色して話すだけ これは「女の生態」一年生の授業内容です

──引用元:『波よ聞いてくれ』第4巻

(太字は筆者)

よくもまあここまで舌が、そして頭が回るもんである。この喋りが実際にラジオの電波に乗って聞こえてきたら──と思うと楽しい。

 

基本的にミナレさんは自信満々である。ダメな男に弱いチョロイン成分も多分に含んでいるけれど、彼女は一貫して自分本位で突き進んで行く。

でも、だからこそ、私たちが普段溜め込んでいて、「ああチクショウ、あの時ああ言ってやれば」「あの時殴り込んでやれば」と思う瞬間を、ことごとくぶっちぎってくれる。「くかーっ!!」とか奇声をあげながらぶん殴ってくれる。

 

そして、ミナレはちゃんと後悔する。

ミナレさんの真骨頂は、何と言ってもラジオ放送中のアドリブ芸である。第1話で生放送に飛び入りしてトークをカマした時から、それは変わらない。

彼女はトップギアで喋くりながら、その1秒後には自分の言動を後悔し、申し訳ないと思い、さらにその次の1コマではもう自分のことしか考えていない。かっこよすぎる。

波よ聞いてくれ、本当に聞いてくれ。

「波よ聞いてくれ」はこの通り、基本的に主人公のノリでテンポよく進んでいくので、なあんにも考えずに読める漫画である。

でも、ちょいちょい挟まれるエピソードがニクい。あと奥様、これ一応ラブコメなんですってよ。

 

例えば、ミナレの先輩パーソナリティにあたる女性・茅代まどか

クールで淑やかなレディかと思いきや、このオンナも管を巻くタイプだった。しかもこやつ、恐ろしく説教が長い。4巻冒頭、第25話〜26話は2話ぶっ通しでずっとまどか先輩のターンである。

この説教シーン、最初はミナレ視点で読むので「やべえ、このババア無敵状態だよ……」とおおよそドン引きすることになるのだけど、あらためて読み返すととても身につまされるお話なのだった。まどか先輩は、”自分大好き 自分にしか興味のない”新米パーソナリティのミナレにこう言う。

ていうか貴方 ちゃんとリスナーに興味ある?

──引用元:『波よ聞いてくれ』第4巻

「ちゃんと」。この言葉の意味がとても重い。ミナレのラジオ番組は確かに面白いけれど、それはミナレ自身の面白さであって、主体はリスナーにない。あなた、それでいいと思ってんの? ──超簡単にまとめるとそういう、ありがたいお話なのだ、この説教は。

 

が、まどかパイセンときたらそのまま、ミナレ、そして要領のいい女への恨みつらみを炸裂させる。

真面目だけが取り柄で面白いことの一つも言えない人

実直で不器用で いつもいつも美味しいところを要領のいい奴にさらわれる人

そういう人達に「貴方だけじゃない」って言いたいのよ

「貴方は間違ってない」って語り続けたいのよ

──引用元:『波よ聞いてくれ』第4巻 ※太字は筆者

パッと見は”バールでアクアパッツァとかつつきながらチリワイン開けて”そうなのに、「やっすいやっすいカップ酒」を呑んだくれた勢いで明日には忘れる説教モードに入り、でも、実際のところ、自分は真面目だけが取り柄だと思っている。

だから、ミナレのような小賢しくて要領のいい、何かを「持っている」人に美味しいところを持ってかれる。

容赦無くミナレを滅多打ちにして、ババア大人の余裕を見せる彼女には、そんな、とても人間らしいコンプレックスが垣間見える。ベンチに足開いて座ってアルコール缶をグイグイ空けていくまどかパイセンの姿はマジでかっこいいので、ぜひ見て欲しい。

 

一方、ミナレはミナレで、この先輩との一夜を境に、”茅代まどかがショックで閉経するレベル”のラジオ番組を作ることを決意するのだった。沙村広明氏ときたらいちいち引用したくなる言い回しなので困ッチャウ。

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文字でも、図でもない、「漫画」で描かれるラジオの世界

そしてもちろん、この漫画はきちんとラジオ漫画をやっている。

 

漫画表題でありミナレの冠番組である『波よ聞いてくれ』の放送シーン、ミナレ以外の人々が織りなすラブコメはもちろん、ラジオ業界の住人として現れるおっさん方もいい味を出している。

ショコラケーキを咥えこみながらミナレに向かって「お前(の声)をおもちゃにして遊んでやる」宣言するディレクター、ラジオ脚本だけでなく、母娘共にミサイル発射台に乗せられちゃうような官能小説も執筆しているライター。

いずれも、「こういうおっさんマジでいそう」と思う、リアルなくたびれ方をしている。確かに、斜陽産業かもしれない。でも、だからこそ好きにやらせてもらうぜ──という、したたかなおっさん方。

 

そして、『波よ聞いてくれ』のラジオ漫画としての魅力は、人物だけじゃない。

この作品では、ラジオの世界がとてもリアルに、文字通り描かれている。だから、自然と現実のラジオの世界にも興味が湧いてしまう。

例えば収録室であったり、編集室であったり、ミキサーやカフ・ボックス、ラジオ局内のロビーやスタッフの姿、自販機のそばで語らう登場人物たち──ともすれば見落としがちな舞台として、ラジオの世界が存在している。要するに、絵がとんでもなくうまい。

リアルにバカをやるから『波よ聞いてくれ』は面白い。

例えば、第9話の1ページ目。深夜の藻岩山ラジオ局へ向かうミナレの、真っ黒にベタ塗りされた後ろ姿。

逡巡と迷いの中、初の収録(夜中の3時)を迎えてしまった彼女の歩みが、とてつもなくかっこいい。真っ黒なのに、どんな姿勢で、どんな歩幅で歩いているのかまではっきりわかる。

他にも、ヒグマに徒手空拳で挑むミナレの勇姿とか、ぺりぺりとケーキのテープを剥がすミナレの勇姿とか、元彼とがっつりデートを楽しんでしまうミナレの勇姿とか、いちいち1コマずつ必見である。

 

真面目に、実にカッコよくリアルに、『波よ聞いてくれ』は描いてある。そして、リアルにバカをやる

沙村広明氏の漫画は、そういう「リアルにバカをやる」ところがとてもチャーミングだと思う。

7月23日は『波よ聞いてくれ』最新刊発売日だよ!

というわけで、最後に「そこまで言うなら、いっちょラジオ聴いてみようかしらん」と言う人のために、NHKーFMラジオのURLを貼っておく。かく言う私も、災害時には特にお世話になったチャンネルである。

 

さらに言うと、『波よ聞いてくれ』最新刊は、今月7月23日に発売である。Amazonのあらすじを読むだけで滲み出るスットコドッコイオーラがさいこうです。

 

以上、沙村広明氏『波よ聞いてくれ』なのだった。

なにはさておき、果たしてミナレとまどかパイセンは、血のバレンタインデーで決戦を迎えるのだろうか。最新刊あらすじを見るにまだまだ先になりそうだけれど、今からオラ、ワクワクすっぞ!

 

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com