MUSIC

「音楽が好き」と言えない

私はもうずっと、「音楽が好きだ」と言えないでいる。今日、1年ぶりくらいに真面目に講義を受け、真面目に講義を受けながら、私は私が「音楽が好きだ」と言えないことをじくじくと考え続けていた。おかげさまでこの記事は、とてもうじうじじくじくしていてオチもへったくれもない。

 

「音楽をなぜ続けているのか」という問いは、たぶん、往往にして発せられる。「なぜ音楽をやっているのですか」「ヴァイオリンを選んだ理由は」「音楽をやめようと思ったことはありませんか」──ひとことヴァイオリンを弾いていると言えば、これらに似た問いかけを投げられる場面は多い。

「音楽が好きだから」と答える人も、多くいる。あるいは、それに類するような答えを。

そして私は、どうしても、どうしても、「音楽が好きだ」とは言えないのだった。

誤解のなきよう申し上げておくが、もちろん、好きに思うことはある。楽しいと思う瞬間も、ある。けれど実際に「音楽、楽しい?」とざっくり聞かれて「はい、楽しいです」と無邪気に答えることができず、何より、そう答えられない自分が音楽をやっている人間として恥ずかしくて、情けなくて、くだんの「音楽を続けている理由」に至ってはもう、こんな解答しか浮かばない。──だって、やめられないから。

 

「音楽が好き」と言えない自分に、長らく劣等感を抱いてきた。なにせ周りには音楽が好きだと言う人ばかりいたし、そうでなければわざわざ音楽の道なぞ誰が選ぶのだろう。好きでないものを選んでしがみついてるなんてクソダサい上に、最近の流行りは「好きなことで生きる」である。やっぱり一度きりの人生である。

だから、自分もなんだかんだ言いながらも音楽が好きに違いない。いやよいやよも好きのうち。

なるほど、それもひとつの事実である。

一方で、「音楽をやめたい」と思うことは数しれず、実際、こんな記事も書いたりしている。今読み返すとまあよくもこんな恥ずかしいこと書きやがるぜと思うが、それでも消したりまるっと書き換えたりしていないのは、この頃からずっと、一貫している疑念ゆえである。

すなわち、音楽を楽しめなければ、音楽をやってはいけないのか。

 

音楽は楽しいもの。素晴らしいもの。

私は音楽が好きだから音楽をやっています。

本当に、そうでなくてはいけないのだろうか。

 

そんなことをずっと考えて、先日ひとつの成果を形にしたつもりだったのだけれど、さて、きょう再び「なぜ音楽を」という問いを前にして、やはり口を真一文字に引き締め、肩を縮めてアンケート用紙を睨む以外の他はなく、その間にも十人十色「音楽を続けている理由」を語る声が響く。自分が音楽家として劣っていると突きつけられる気がする。恥ずかしくて、情けなくて、いっそ消えてしまいたい。何が「やめられないから」だ。そんなもの、みんな当たり前に思っているのだ。その先を考えろその先を。

しかしいくら先を考えても、結局は「やめられないから」に帰ってくる。脳グソウロボロスである。

 

脳グソついでにもうひとつゲロっちまおう。私には「音楽をやめよう」と考え、実際にやめた時期がある。

が、結局のところ突きつけられたのは「お前はこれから一生『音楽をやめた』と言う事実を背負っていくのだ」と言う事実だった。

それは、本当に恐ろしい気づきだった。

これから何十年生きられるかわからないが、私はきっと死ぬ間際に後悔するし、その前に今際の際の親には恨み言を言われ、かつて競い合った級友からは存在すらも忘れられていく。私の狭い部屋の1畳を占める楽譜の山をどう処分すべきか。楽器を売っても元値には届くまい。やめた先、どうすればいいのかわからない。怖い。それ以上に怖いことはない。

私は、音楽に一生縛られることよりも、音楽を捨てたことによって一生呪われることの方が怖かった。

 

怖い。やめられない。やめられないから、音楽を続ける。わかった、それはもういい。仕方ない。私にはどうやら「音楽を純粋に好きになる」才能みたいなものが、致命的に欠けている。

万事休す。ここまで来たならもう、「やめられないならどうするか」を考えることにするのは、どうか。

好きでないもの、恐ろしいものを、それでも続けていくことは、間違っているだろうか。

「音楽が好きだ」と言えない限り、音楽家にはなれないのか。音楽を怖いものだと思い、それを音楽で伝えることは、音楽家のすべきことではないのだろうか。音楽は美しく、楽しいものだ。だからこそそれは人を傷つけまいか。

「音楽は楽しい」と口にする前に、その意味を、いま一度考えてみてはどうか。「音楽が好きだ」と言えない自分を恥じる前に、その自分の意味を探ってはどうか。

 

とは言えまあ、そんなこたあとりあえずここにこうして書いておいて、自分の中でうじうじじくじく膿が滲むように考えるだけにする。あと、そんな膿とは別に、きょう受けた講座はとても勉強になったので、何かしら書けるときに書いてみたいと思う。

「音楽が好きだ」と、私が堂々と言える日はきっと来ない。

それはひとえに、私が曲がりなりにも音楽を、ことクラシック音楽なんてお上品なものを幼少期からツムツムやってきた人間だからで、同時に、私が音楽を捨てる日も来ないのだろう。私の劣等感もまた、音楽を行うことでしか埋められないのだろう。ウロボロス。

ABOUT ME
加藤 綾子
ヴァイオリニスト。 BIOGRAPHY
AYAKO KATO à Namur, Belgique.

Follow Me