音楽全般

"音楽は敷居が高い"を音楽家が言い訳にしていいの?

こんにちは。

加藤綾子(@akvnimp)です。

 

クラシックも即興演奏も、世間一般から見れば「敷居の高い」音楽です。

それは事実として認めましょう。

でも、演奏会の集客がかんばしくなかったり、演奏の評価が良くなかったことを、

「マイナーだからね」

「敷居が高いからね」

そして、

「いやー、おれたち、ほかのやつらがやってないことをやってるから、仕方ないよね!

でも、そんなおれたちカッコいいよね!」

などと言い訳するのは、単なる「甘え」じゃない?

というのが、きょうのお話。

音楽家って、やりたいことを仕事にしてるんでしょ?

音楽って、ひとに聴かれてなんぼのものです。

プロって、ひとからお金を取ってなんぼのものです。

 

ところが厄介なことに、音楽って常に演奏者・作曲者本人のモチベーションがかかわってきます。

やりたいことはやりたい」「やりたくないことはやりたくない」

だから、みんな、できるだけ「やりたいこと」を仕事にできるよう努力します。

オーケストラが好きならオーケストラ、

室内楽が好きなら室内楽、

即興演奏が好きなら即興演奏……といった具合に。

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音楽家なのに、閉じこもってたらプロじゃなくない?

そうして、

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  1. 「好きなことをやってみた!」
  2. 「でも、あんまり理解されなかった」「あんまりたくさんのひとに聴いてもらえなかった」
  3. じゃあ、次はもっとこうしてみよう!

[/list][/box]

これはとても前向きな、開けた考えかたですよね。

今後の活動の発展・成長につながっていくことでしょう。

でも、③の段階で、こういう考えになったこと、ありませんか?

[box class=”box3″]

「まあいいや、好きでやってることだから」

「わかってくれるひとだけわかってくれればいいや」

[/box]

と、ひとに聴いてもらうことをあきらめてしまう。

それって、せっかく好きな音楽をやってるのに、すごーくもったいなくないですか?

 

[box class=”box8″]

「おれがいいと思う音楽、好きだと思う音楽をやる。

だから、そこのあんた聴いてくれ!

知らないあんたも聴いてくれ!

それだけ、おれはこの音楽に自信がある! そして、おれはおれ自身の腕前にそれだけの覚えがあるんだぜ!!」

[/box]

って、これくらい大それたこと言ってもよくないですか?

 

▶︎「だれかに届けたい音楽」があるから、演奏会やるんですよね?

[kanren id=”1700″]

ひとに聴いてもらわなきゃ、音楽なんて意味がない。

「おれは好きなことをやってる」

「そして、おれの好きなことを『好き』だと言ってくれるひと(=ファン)を大事にしてる」

素晴らしいことだと思います。

でもそこで、

「好きなことだから、べつにこれで食っていけなくてもいい

「わかってくれるやつだけわかってくれればいい

「おれはこのままがいい

と、たくさんの「~いい」を言い訳に、いつまでも同じところに閉じこもってるのは、ぶっちゃけ、ただの甘えですよね?

だって、同じ場所にいれば、これ以上のことはやらなくていい。成長する必要がない。

少しでも多くのひとに聴いてもらうこと・その対価をもらうことを考えなければ、そのほうがずっとラクチン。

 

アマチュアのかたなら、そういったスタンスでもいいかもしれません。趣味だから。

でも、仮にも「音楽家」を自称して演奏活動をしているのに、

なんとなく内輪っぽい雰囲気の演奏会とか、

なんとなく「後で説明すればいいや」みたいな演奏とか、

それでお客が入らなくても、「ま、わかるやつにだけわかってもらえばいいよ」と言い訳するのは、

なんか違う。

 

せっかく好きなことを仕事にしているのに、“敷居が高くて”“マイナー”な音楽だから“仕方ない”と、聴くひとへの配慮や努力を怠る。

それって、音楽家としてどーなのさ?

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むやみやたらに敷居を上げる必要、ある?

[box class=”box3″]「音楽は、わかるやつだけがわかればいい」[/box]

そんな風潮が音楽家側にあって、それが、音楽への敷居をむやみに上げている気がします。

わたしも、クラシック音楽や即興演奏は、一般のかたからしたら敷居が高いと思います。

どちらも、もともと日本人の音楽ではないし、一般に「よく知られていない音楽」というだけで、じゅうぶん敷居が高い。

だから、演奏会に足を運ばれにくい。

 

音楽やってれば、耳にタコができるくらい聴く話。

でも、それは、一般の方々の不理解・勉強不足のせいではない。

もともと敷居が高いものを、さらに触れにくくしている一因に、わたしたち音楽家側の「甘え」も少なからずある。

そして、その甘えのせいで、わたしたち音楽家は、自分の首を自分で絞めることになっている。

ようするに、

「壁が高くてもいいけど、壁を登る手助けくらいはしたっていいよね」

ってことです。

ハシゴくらい掛けてあげようぜ。

まとめ:だれかに音楽を伝えることが、音楽家の使命

その音楽が難解なら、なぜ難解なのか。なぜ敷居の高い必要があるのか。

それを、できるかぎり演奏で伝えること。

演奏で足りないなら、プログラムノートやMCなど、なんらかの工夫をすること。

宣伝する段階で、少しでも多くのひとに興味を持ってもらえるよう努めること。

自分が「好き」だと思う音楽を、きちんと人様にお見せできる状態にすること。

決して、自分たちだけの世界に閉じこもったり、ひとりよがりな演奏会を行わないこと。

 

これは、音楽家、そして、すべての表現者の使命だと思うのです。

 

そんなわけで、【"音楽は敷居が高い"を音楽家が言い訳にしていいの?】なのでした。

それでは、また。

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com