Improvisation

いま、即興演奏について

1.

私がいわゆるSNS界隈に足を突っ込み、喚き立てるようになったのは大学院2年生の頃で、あのとき何があったかといえば、ただもう、怖かったのである。大学から院まで通い、必死のつもりが実際は何も変わらず、自分には音楽をやっていく上での、何か、支えのようなものがない、今まで自分を後押ししていたものは所詮、学歴であったりコンクール歴であったり、仕事がもらえないことであったりオーケストラのトラに呼んでもらえないことであったり、そして何より実力であったりによる、劣等感でしかないのだ──という恐れが、とうとう、現実に追いつき始めていたのだった。

何かしなくてはならない。これまでの人生が無駄ではなかったという、何かをしなくてはならない。

 

そこに、即興演奏はすっぽりと嵌った。

2.

毎週金曜の午後にその授業はあって、大学生だった私はといえば、惑いつつ惑いつつも、徐々に、即興演奏に取り憑いていった。

間違いなく、私は即興演奏に救われた。

そして、即興演奏に救われた私は、即興演奏を救おうなどとと考えた。──どうか、即興演奏を「無茶苦茶なもの」と思わないでほしい。やかましいだけの、なんでもありなどと言わないでほしい。即興演奏が悪いものとは思わないでほしい。

即興演奏は「良いもの」だとわかってほしい。

本当にそうか。

あのころの私は、結局のところ即興演奏でもない、音楽ですらない、自分を売り捌きたいだけだった。「無茶苦茶なものをやっている」と思われたくないから、「無茶苦茶なものではない」と主張しているだけで、即興演奏のノウハウだのメリットだのなんだの、そんな、カタカナを切り売りしてちやほやされ、私は、即興演奏をただひたすら消費していた。

さらに言えば、私はそういうやり方と相性が良すぎた。カネが好きでネットが好きで、ブログが好きで露悪趣味が大好きだった。自分の本音を洗いざらいブチまけて、共感してもらうのはたまらなく気持ちいい。いまこの瞬間もそうだ。

 

露出狂の私は、露出狂であるがゆえに目立った。大学院生活の最後に200万という奨学金を得た。2月だった。知っている人も知らない人も、私を「大学院で一番だった加藤さん」という目で見て、期待して、失望した。

即興演奏なんてやってるから。

あちこちで、あちこちで、私はそのことばを聞いた。私が「どうか」と訴えようとしていた、そのことごとくがどうやら空回っていて、それに気づかないフリをすることに必死だった。学生最後の3月は恥の上塗りと周囲の軽蔑で終わり、4月の末、秋吉台から帰るバスの中で誰とも目を合わすことなく座っていた。死のうと思っていた。

.

 

5月。私は私を見ていた人々に見放された。

 

3.

あれから1年と少しが過ぎて、ある人は、即興演奏は素晴らしいと言い、ある人は、クラシックは素晴らしいと言い、ある人は、楽譜にある音楽を即興演奏でぶち壊すことが素晴らしいと言い、私は、どれを選ぶこともやめた。

即興演奏は音楽である。

そして、音楽はどこまでもいっても音楽でしかないのだった。

即興演奏が悪とも変態ともイカれてるとも、正義とも思わない。即興演奏だから、即興演奏だから、──「だから」、何が許されるというのか。それは手前の思い込みに過ぎず、即興だろうが楽譜に書かれていようが、音楽は音楽にしかできねえのだ。「即興演奏なんてやってるから」などという台詞を、私は、私を見る人々に二度と言わせちゃならない。

 

いま、すべて音楽は、私にとって公平な遠さにある。

 

クラシック音楽は楽しくて、素晴らしくて、「良いもの」なのか?「音楽は『良いもの』なのか?」 https://twitter.com/akvnimp/status/11083048253079...
ABOUT ME
加藤 綾子
ヴァイオリニスト。 BIOGRAPHY
“duo” – Improvisation LIVE

照内央晴×加藤綾子
“duo”

渡欧前最後の即興演奏。

8/20(火) start_19:50 open_19:20
¥2,500 (当日+¥300)
@試聴室

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