即興演奏

即興演奏で迷ってしまったときは、自分の「ホームグラウンド」に帰ってみるのもアリ

みなさまこんにちは。
クラシックと即興演奏で食べていきたい加藤綾子(@akvnimp)です。

なにはともあれ、「はじめの一歩」を踏み出すのがたいへんな即興演奏。
じつは、慣れたら慣れたでなかなかムズカシイのです。

 

原因は往往にして「即興演奏はなんでもアリ」という点にあります。【即興演奏ってほんとに「なんでもアリ」なの?】でも触れました。

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とはいえ実際、即興演奏はなにやったっていいのが、いちばんのミソであり楽しいところです。
そこを否定してしまったらなんにもできなくなってしまう。

 

じゃ、どうしたらいいの?

 

ってことで、きょうは、わたしのほろにがい思い出話。

初めのうちは好き勝手やっていて、それがすっごく楽しかったのだけれど、次第にそれが「不自由」になってしまった――というころのお話をしようと思います。

 

なんでもアリって楽しい!

わたしが即興演奏にハマったきっかけは、つまるところ、

これまでクラシック音楽ばかりを弾いてきたけれど、「自分のことば」で音楽を表現するってこんなに楽しいんだ!

ということでした。

 

わたしが西洋音楽をやるとき、

あるときはバッハ、あるときはモーツァルト、あるときはチャイコフスキー……

というように、元々よその国のことばである音楽をとっかえひっかえ、必要に応じて使い分けなければいけませんでした。

 

もちろん、それがクラシック音楽の醍醐味ですし、否定する気はまったくないです。
だからこそ感動することも多いし、もっともっとオリジナルに近づきたい、と思うわけです。

 

とはいえ、やっぱり、たいへんです。

 

即興演奏を始めたてのころ、わたしはそういったストレスから解放されて、それはもー好き放題やってました。

 

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「わたしの演奏の価値」っていかほど?

でも、ある日の授業。

たしかピアノソロだったと思うのですが、あるひとがすばらしい即興演奏をしました。
すると、助手のかたからこんなセリフが。

 

「ここまできたら、あとはもうこの演奏にいくら出せるかだよね」

 

は、と目がさめる思いでした。

このとき助手さんが言いたかったことは、つまり、

「これを観客が聴いたらどう思うか」

ということ。

 

学生同士の内輪でもなく、

単位を取るための試験でもなく、

赤の他人の目の前、演奏家としてこんな即興演奏ができたら、どんな反応が返ってくるか。

 

お金って、つまるところ「何か」に対する対価です。

それが音楽家の場合はとうぜん、演奏の対価となる。

そして、即興演奏だって演奏です。第三者に聴いてもらって、反応をもらえて、はじめて「よい演奏だった」と言える。

 

まだまだおしりの青いティーンエイジャーだったわたしは、目先の自己満足にばっかり気を取られていました。

「即興演奏だって音楽なんだ、聴いてるひとに喜んでもらわなきゃいけないんだ」

ということを、すっかり失念していたのです。

 

即興演奏・放浪の日々

いちど気づくと、そこからがなかなか大変です。

ふだん、自分の歩き方を意識なんてしませんよね。

へたに意識を向けると、歩き方がわからなくなってしまう。なんて体験ありませんか?

 

それと同じように、即興演奏のやりかたがわからなくなってしまったのです。アウチ。

 

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ほんとにこの音がベストな選択なのか。

ここで相手の音楽をぶち壊すのはアリか、ナシか。

ていうか、いままでわたし、とんでもなく恥ずかしいことしてたんじゃないの?

人前で社会の窓全開にしてたのに気がつかなかった、どころかパンツ脱げてたのに気がつかなかった、みたいな。あれ、やばくね? チョー恥ずかしくね?

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そして、ここが面白いところ。

西洋音楽をやっていていろいろ疲れちゃって、即興演奏に出会って自由を謳歌していたつもりがそうではないことに気がついて、さあ、どこに助け舟があるのか――となったとき、結局、帰ってきちゃったんです。

 

そう、クラシック音楽に。

 

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「ホームグラウンド」ってどこだろう?

即興演奏で迷ったとき。

「自分が好んでいて、かつ、いちばん理解している音楽ってなんだろう」って思ったんですね。

「わたしのホームグラウンドってどこだろう」って。

 

「もうこんなおうちにいたくないっ! ソッキョーちゃんのおうちのほうがたのしいもんっ!」

といって盗んだバイクで家出をしたぎりぎりティーンエイジャー

しかし飛び出した居候先は、おっかないヤクザとかマフィアとか、ヤクとかブツとかに身を染めかねない危うさと隣り合わせ。

そこで思い出すわけです。

うちでは、どうやって過ごしてたっけ――と。

 

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演奏の構成にまとまりがない気がする。
じゃあ、わたしが好きなあの曲はどんなだったっけ。

ここぞというときにもっといいメロディが弾きたい。
じゃあ、わたしが好きなあの旋律はどこがよかったんだろう。

そもそも、音が汚くなってきている気がする。
じゃあ、スケールとバッハもっとさらうか。

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まとめ:どんなときも、帰ってくる場所を忘れずに。

わたしが「即興演奏をやっていきたい」と自分の師匠に話したとき、こう言われました。

「いろんな音楽に触れるのも大事だけれど、自分が帰ってくる場所を忘れちゃだめだよ」

と。

 

即興演奏、楽しいです。
でも、他の音楽と同じに、だんだんやっているうちに、今度は即興演奏ならではの悩みも出てきます。

そんなときは、自分がいままで触れてきた音楽にいったん立ち返ってみるのもアリですよ

 

いつかの記事でも言いましたが、即興演奏で出てくる「自分のことば」とはすなわち、自分が普段触れている音楽に比例してくるわけです。

「即興演奏」と「自分が専門にしている音楽」はまったくの別物――ということはないんです。

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異なる手段でアプローチする音楽同士。

なのに、こうやって相互作用しあえるってステキだと思いません?

 

ではではきょうはこのへんで。
みなさま、よい即興演奏ライフを!

ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。ヴァイオリン演奏・ライティングなど、お仕事のご連絡はこちらにお願いいたします。ayakokatovn@icloud.com