音楽全般

楽しいだけの音楽は、楽しくない。

こんにちは。

加藤綾子(@akvnimp)です。

 

「音楽は人をハッピーにするもの!聴いてる人に喜んでもらわなきゃ!楽しんで演奏しなくっちゃ!」

そんな言葉をよく目にします。

でも、本当に、そうでしょうか。

 

たとえば、見終わった後に死にたくなるような、救いのない映画、物語が世の中にはあります。

それでも人々に愛されて、いまもなお見返される作品があります。

幸福とはおよそ正反対の絶望や幻滅、苦悩、そういったものを描いて、そうして人々の心に訴えかける作品だってあるわけで、なんで、音楽だけは、聴いた人がハッピーにならなきゃいかんのでしょうか。

 

どこかの記事でも書きましたが、わたしは以前、

「ステージに上がるときは笑顔でね」

と言われることが嫌で仕方ありませんでした。

なぜって、わたしが演奏する作品は、必ずしも笑顔で披露していいようなものばかりではなかったからです。

もちろん、いまならわかります。ステージに上がったとき、演奏者の顔が曇っていたら、観客はきっと不快な気分になるから。観客がいてこその音楽なのだから、そんなことになっては本末転倒。

 

わかるのですが、それが行きすぎて、そもそも「音楽は楽しいものだ」っつーのは、ちょっと違和感。

 

わたしは、人の演奏を聴くとき、どうせならその人の中身を、演奏から暴いて聴き取りたいと思います。

モーツァルトだろうがバッハだろうがなんだろうが、その人がそれまで歩んできた人生があるわけです。

その人生には当然、楽しいこと・幸せなことだけでなく、不愉快なこと・苦しかったこと・辛くて辛くてしょうがなかったこともたくさんあるはずです。

どろどろで、ぐちゃぐちゃで、ずぶずぶしてきた時間があるはずです。

どんなに明るくて上品な音楽でも、それはそういう文法なだけで、絶対、絶対何処かに、苦しみがあるはずなんです。

ほんの一小節、一音、その人の苦しみが垣間見えなきゃ、音楽じゃないと思うのです。

それはあるいは、なんてことないフレーズかもしれないし、トニックとドミナントですらない超単純な長調の響きの中かもしれないし、ともかく、どこかにあるはずなんです。

 

もちろん、苦しいだけの音楽だってどうかと思います。本当に苦しいだけの音楽なんて、そんなの、究極のひとりよがりってなもんでしょう。

でも、うわべだけ楽しくって幸せなだけの音楽も、わたしは、あんまし楽しくないし、幸せにはなれないと思うのです。

 

そういう、人間のどうしようもなさを認めずに、「音楽は幸せなものだ」「楽しむものだ」と頭から決めつけちゃうのは、なんだか、もったいないんじゃないかしら。

却って、音楽というものの幅を、狭めちゃうんじゃないかしら。

 

負の感情だって、人の心のうち。

幸せだけを音楽に求めていたら、息が詰まっちゃうのよ。

 

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ABOUT ME
加藤 綾子
フリーランス音楽家という名のフリーター。 後ろ向きだっていいじゃない 人間だもの あやこ という意識の低さで生きている。