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音楽は「言葉で説明できて当たり前なもの」じゃない。

こんにちは。

ヴァイオリン奏者の加藤綾子(@akvnimp)です。

 

わたしはどうも「考えすぎ」だと言われます。

というより、考えることが大好きです。何事も、自分なりの言葉で理解し、解釈し、説明できるようになることになんとも言えない満足感を覚えます。

それくらい、言葉というものは一見すると万能です。

でも、音楽って、最終的には言葉や思考では足りないところへ行き着きます。そこが音楽の厄介なところであり、素晴らしいところでもあります。

 

打ち合わせなんかしなくても、はっと全員が揃う瞬間。

モーツァルトの語法とブラームスの語法の違い。

フレーズの繋げ方・作り方。音色の種類。

 

こういうことって、最終的には言葉で説明できるものではありません。

感覚的なもので、こればっかりは体験して、身体や五感が覚えないとどうにもなりません。

 

音楽について、自分の奏法や思考、楽曲の解釈──こう言ったことを言葉で理解し、説明しようとすることは必要な試みです。

こと、個人レッスンやオーケストラで誰かを相手に指導をする場合、あるいは、こうしてブログを書いたりする場合には、まず自分の考えを言葉にできなきゃ話になりません。

実際、口にしてみたり書いたりしてみて初めて「あ、そういうことだったんだ」と自分で気づくこともできます。

音楽で仕事をするときって、どれほど的確な言葉で、的確な状況説明ができるかにかかっている部分もありますよね。

 

でも、ここが落とし穴で、音楽って必ずしも、一から十まで「言葉で説明できて当たり前なもの」じゃないんですよね。

むしろ、本当は言葉なんかいらない。そんなものがなくても、譜面を読んで、自分で歌うだけで、一緒に演奏するだけでその音楽が理解できてしまう。そこが、音楽の一番素敵なところ。

▶「「譜面通りに弾く」ことができたら、音楽はそれでいいのかもしれない。

 

音楽で最終的に目指すべき場所は、言葉や説明ではぜんぜん物足りない世界なんだと思います。

 

というわけで最近、わたしが、演奏していて壁にぶつかるときは、大抵「考えすぎ」です。

あなたも、なんやかんや上手くいかないときは、脳ミソこねくり回し過ぎかもしれませんよ。

それでは、また。

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