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24cm、60€だったと思う。

我ながらよくもまあそんなスイーツ脳が残っていたもんだと感心するばかりであるが、考えてもみりゃ、パン屋に行けばなあんにも考えずにパンオショコラを頼んじまうような26さいなのである。今日のことだってさほど驚くべきでもない。土砂降りの中、新品の革靴を履いて鉄道で1時間強離れた街のオペラを観に行く。ついでに言えば辛子色のジャケットも昨日買ったばかりの新品で、どうせ小汚い道を歩くとわかっていながら、実家から送ってきてもらったロングのワンピースまで着込んでいた。今日のあたしカンペキ。

土砂降りだっつってんだろが。

お留学までなさっておいて何を仰るのかと思われるかもしれないが、どうしても、音楽にまつわる場所に行くための演出が必要なのだった。ボロボロの運動靴とジーンズ、ビニールの雨合羽で行く勇気はなく、もっと言えば、どうせ知らない街の、けれど素晴らしいであろう歌劇場に行くのだから、精一杯お洒落をしたい。いいカッコしいなのである。例え朝起きて土砂降りの雨に気づいたとしても、今日この日の自分にそれ以外の選択肢は存在しない。スイーツ脳万歳。

ただ、この革靴を売ってくれた老婦人に対する罪悪感だけがある。──週末ごとに、街には蚤の市が群れを成す。テント張りに釣られた店舗も安売りの大見出し、その陰で、この靴は、いままで見たことのない色をしていた。黒でもなく茶でもない、赤とも茶とも言い切れない、そのくせ踵は広くて分厚く、唯一の懸念だったサイズは婦人の差し出す中敷で解決した。軒先の片足しかない60€に釣られて足を踏み入れた店内は、ぼろい運動靴では立つのも憚られる絨毯、声は大きいがゆっくり話す老夫婦くらいしかいない、どう考えたって身長149cmの小娘は不釣り合いで、あの老いた店主は片言の要望を頷きながら、辛抱強く聞いていた。

カタツムリがいる街の、年老いた美しい靴屋である。

あるいは、カタツムリの老婦人はネギを背負ったカモを迎え入れたのかもしれない。さておく。

要するにこの革靴は、60€、しかしセールでなかったらきっと100€は下らなかったに違いない、私にとっては決して安くはない買い物であり、だからこそ歌劇場とくりゃ履きたくもなるのだ、脳みそパンオショコラで何が悪い──と思いながら、ただただ、彼女に申し訳ないのである。あなたが中敷を敷いて包んでくれた革靴は、さっそく雨と泥にまみれてしまいました。いまは列車の座席の下で宙ぶらりん、でも間もなく、これから見知らぬ街の、雨と新聞紙とタバコの吸い殻に滲む石畳を踏むでしょう。

せめて、我が家に迎え入れたそのとき、写真の一枚でも取っておいてあげればよかった。いやその前に、ついでに手入れ用品でも買っておけばよかった。もっと言えば、私が見栄っ張りの脳ミソショコラでなければよかった。雨霰と降り注ぐ後悔のさなか、それでも足元を見下ろせば、この子は洗い立ての犬に似ている。

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加藤 綾子
ヴァイオリニスト。 biography